「サッカーコラム」積み重ねた歴史だけが持つ空気

日本代表が25年前に歴史を刻んだ聖地ウェンブリー

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1995年6月3日のイングランド戦後半17分に同点のゴールを決め、ジャンプして喜ぶ井原=ウェンブリー競技場(共同)

 昔に比べれば航空運賃も格段に安くなって、インターネットを通して情報もたやすく得られる。地球の大きさは変わっていないものの、精神的な距離や情報の壁を感じることはなくなった。新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)で制限が掛かっている現状では違うが、平時なら希望するほとんどの場所に行ける時代だ。

 人それぞれに憧れの街や場所というのがあるはずだ。サッカー好きな人なら、それはスタジアムであることが多い。

 世界中に存在する数多くのスタジアム。そのなかでも世界のサッカーファンが特別な存在がある。南米でいえば1930年の第1回W杯の決勝が行われたウルグアイの「センテナリオ」であり、ブラジルの「マラカナン」。そして、欧州ではサッカー発祥の地イングランドの聖地・ウェンブリーとなるだろう。

 イングランド代表の試合とイングランド協会(FA)カップなどの決勝戦しか開催することが許されない特別なスタジアム。このピッチを踏んだ選手は「ウェンブリーキャップ」という特別な称号を得ることができる。その数だけで選手のキャリアが分かる唯一無二の場所。そのウェンブリーに初めて訪れたのは95年のことだった。2007年に「新ウェンブリー」に建て替えられた後は、試合開催の規定が少し緩くなった。それだけに、老朽化のため2000年に閉場した「旧ウェンブリー」は威厳と伝統が存分に感じられる場所だった。

 1923年に建てられた旧ウェンブリーはお世辞にもきれいとはいえなかった。屋根を支えるための鉄柱がスタンド内にあるため、試合が観戦しづらい。しかも、普段はピッチの外周でドッグレースが行われているため、特有のにおいもある。

 マイナス面はある。それでも、歴史によって醸し出される素晴らしい空気感が全てを忘れさせてくれる。誰だったかは忘れたが、ロッカールームには有名選手が蹴って穴を空けた跡が修理されずにそのまま残されていた。日本なら考えられないことだ。

 95年6月3日、日本代表はここでイングランドと対戦した。Jリーグが始まってまだ3年目。当時の日本代表のほとんどがアマチュア時代を経験している。それだけに聖地ウェンブリーで試合ができると想像できた選手はいなかっただろう。何しろ、あのペレでさえ「ウェンブリーでプレーできなかったことだけが心残り」と語ったほどの場所なのだから。

 当時、日本はまだワールドカップ(W杯)に出場したことがなかった。92年のアジア・カップを初制覇したことが大きかった。イングランドは翌96年に自国での欧州選手権を控えていた。そのテスト大会として行われた親善シリーズ「アンブロ・カップ」に94年のW杯アメリカ大会を制したブラジルやスウェーデンとともに招待されたのだ。

 試合前はアラン・シアラーやデビット・プラットなど当時の主力選手を先発に並べたイングランドに対し、日本がどれぐらいやれるのかの予想がつかなかった。テレビでしか見たことのない選手たちをそろえる強豪国の代表チームとの対戦は、ほぼ初めていってもよかったからだ。

 印象としては悪くない試合だったと記憶していた。だが、メモを見直すと数多くのチャンスを作れていた。2トップを組んだカズ(三浦知良)と中山雅史が、立ち上がりからGKティム・フラワーズを脅かしている。

 前半は0―0。試合が動いたのは後半だった。同3分に右サイドのダレン・アンダートンの放ったシュートが井原正巳に当たりコースが変わってゴール。イングランドが先制した。しかし、日本は崩れなかった。堂々と母国イングランドと渡り合う。

 後半17分、日本というよりもアジアにとって記念すべきゴールが生まれる。カズの蹴った左CKを合わせたのが井原だった。ニアサイドに走り込みヘッドでコースを変えたボールは、見事にファーポスト際に吸い込まれた。これがウェンブリーの歴史上、アジア人が初めて決めたゴールとなった。

 その後も日本はチャンスを作った。特にカズの体の切れは特筆ものといえた。同点ゴールから2分後の19分に放った左足シュートはポストを直撃。これを見たイングランドは、直後の23分にポール・ガスコイン、スティーブ・マクマナマンといったレギュラー選手を次々と投入してきた。本気で勝ちに来たのだ。

 日本にとって痛恨のプレーは後半43分の柱谷哲二のハンドだろう。後になって考えれば、ハンドをしなくても止められたボールだったかもしれない。だが、結果はPKと判定され、一発退場してしまった。これをプラットに決められて日本は土壇場で大魚を逃した。十分に勝ち点を挙げられる内容だった。

 日本が3試合を戦ったこのアンブロ・カップは、記憶に残るプレーが多い大会だった。6月6日のブラジル戦では、弾丸シュートで先制点を奪った選手に驚かされた。それが名SBのロベルト・カルロスを始めて認識した時だった。

 また、同8日にイングランドはスウェーデンと対戦。だが、場所がリーズにあるエランド・ロードだった。イングランドがウェンブリー以外でホームゲームをやるのは自国W杯で優勝を飾った66年以来だったという。

 あれから四半世紀。ウェンブリーもマラカナンも新しい建物に変わった。もちろん新しい方が使い勝手がいいのは決まっている。ただ、日本でも旧国立競技場に多くの人が愛着を抱いているように、古いスタジアムにも味がある。英ロックバンド、クイーンの軌跡を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中には旧ウェンブリーが登場する。そのたびに「ここで井原が記念すべきゴールを決めたなあ」と懐かしく思い出す。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。