コロナ禍で浮かんだ日本の性教育の欠陥 中高生の妊娠相談急増、子ども責める前に考えて

「妊娠の経過は取り扱わないものとする」との記述がある学習指導要領の中学校保健体育

 新型コロナウイルス感染症に伴う一斉休校期間中、中高生から「妊娠したかもしれない」との相談が増えている―。この事実を知って、あなたはどう思うだろうか。「とんでもない」「無責任」。そんな言葉が頭をかすめる人もいるかもしれない。でも、子どもを責める前にちょっと考えてほしい。原因の一端は、ひょっとすると日本の性教育にあるのかもしれない。(共同通信=三浦ともみ)

 ▽妊娠の仕組みを誤解

 思いがけない妊娠に悩む女性を支援するNPO法人「ピッコラーレ」が運営する相談窓口「にんしんSOS東京」では3~5月、10代からの相談が例年の1・6倍に増えた。休校中に交際相手と過ごす時間が増えたことが一因とみられている。

ピッコラーレの助産師、土屋麻由美さん(ピッコラーレ提供)
  • 「彼氏から『大丈夫』と言われ、コンドームを装着せずに性器の外に射精されたが不安」
  • 「低用量ピルを母親に内緒で飲んでいたがばれてしまい、使えなくなった。そんなときに避妊せずに性行為をしてしまった。心配で夜も眠れない」
  • 「2日前に性行為をしたが、吐き気などつわりのような症状がある」

 ピッコラーレの副代表で助産師の土屋麻由美さんによると、こういった10代からの相談には正しい避妊の方法を知らなかったり、妊娠の仕組みを誤解していたりするような内容が目立つという。コンドームを装着するタイミングなど、正しい避妊行動を取っていた人は相談者のうち10代では34%だけ。前年同時期の55%から大幅に減った。土屋さんは「避妊方法をインターネットで調べてみたものの、何が正しいのか分からずに不安を抱えている方が多い」と話す。

 休校期間中の妊娠や避妊に関する中高生からの相談は、各地の支援団体にも寄せられていた。親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する熊本市の慈恵病院では4月、中高生からの相談件数が過去最多に上った。青少年を対象に性に関する正しい知識の普及に取り組むNPO法人「ピルコン」(東京)でも、3~4月の10代からの相談件数が休校前の月の2・7倍となった。いずれの団体でも、実際に妊娠している人がいた一方で、誤解したまま不安を抱えている例が目立ったという。

中高生の妊娠相談が増加したと記者会見で話す慈恵病院の蓮田健副院長=5月11日、熊本市

 ▽「歯止め規定」というハードル

 妊娠に関する知識が中高生に欠落しているのはなぜだろう。理由を尋ねると、どの相談窓口の担当者も口をそろえてこう言う。「性教育が不十分だから」

 元高校教員で一般社団法人〝人間と性〟教育研究協議会の代表幹事、水野哲夫さんは、ある規定の存在を挙げる。その規定は、文部科学省が最低限の学習内容として定める「学習指導要領」にある。

 一つ目は、小学5年の理科。人間が母体内で成長して生まれることを取り上げる際、「人の受精に至る過程は取り扱わない」との記述がある。二つ目は、中学校の保健体育。思春期における生殖機能の成熟を扱う場合に、「妊娠の経過は取り扱わない」とされている。

 水野さんは「一読して意味を取りづらいが、要するに『性交』を教えないということ」と説明する。これらは教育関係者の間で「歯止め規定」と呼ばれ、性教育を実施する際のハードルになってきた。

 本来は、学習指導要領より進んだ内容を扱っても問題はない。だが、性教育を巡っては、積極的に取り上げようとした教員や学校が「学習指導要領の範囲を超えている」として、これまで政治家らから激しい批判を受けてきた経緯がある。

 ▽寝た子を起こすな

〝人間と性〟教育研究協議会の水野哲夫代表幹事(本人提供)

 水野さんによると、もともと日本では戦後、女子の貞操を守るとの観点から「純潔教育」として性に関する教育が始まった。1970年代ごろから「性教育」として研究が進められ、エイズ患者が確認されたこともあり、90年代に性教育への関心が高まった。

 一方で、「過激な性教育はやめろ」「寝た子を起こすな」などと、保守系政治家らによるバッシングも起こった。

 有名な一例が、知的障害のある子どもに人形を使って体の仕組みなどを教えていた東京都立七生養護学校(当時)だ。ある都議が議会で非難し、他の議員や報道機関記者を連れて学校を訪れた。都教委は教師を調査し、停職や減給などの処分を下した。しかし、その後に訴訟になり、一、二審判決は「教育への介入で不当な支配」として都議らに対して賠償を命令。2013年の最高裁決定もこの判断を支持した。

 18年には人工妊娠中絶などを扱った足立区の中学校の授業を、都議が議会で問題視したこともあった。

 水野さんは「最高裁の判断もあり、公には性教育を否定する言説はできないことになっている。だが、教員の間では性教育を実施すると面倒なことになると認識されている。学習指導要領を超える内容に取り組めるのは『チャレンジング』な先生しかいない」と話す。

 さらに、現在は長期間の一斉休校によって授業時間が不足しているため、性教育はより後回しにされる恐れが出ている。ピッコラーレの土屋さんも外部講師として3月に予定されていた授業が中止となり、夏休み前などに企画されていたものなど、今後の開催の見通しは立っていないという。

 ▽下ネタと勘違い

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は国際的な指針を示し、ジェンダー平等や性の多様性など人権の観点から、幼児から青少年まで発達段階に応じて性教育を実施することを求めている。避妊具の正しい使い方や選び方、若年での予期せぬ妊娠によるマイナス面などは、9~12歳で習うべきこととされている。

 指針では、ジェンダーに基づく差別や偏見の問題、性交渉における相手との同意といったコミュニケーションなども習うべき項目として挙げられている。欧米の国々では、一連の項目がカリキュラムとして整備されている。

 水野さんは「日本の子どもたちは、理解ある学校に通えるか、熱心な教員に習えるかどうかで左右される。現代社会を生きていく上で必須の知識なのに、運任せになってしまっている」と指摘する。

参院予算委で答弁する小泉純一郎首相(当時)=2005年3月4日

 水野さんには、忘れられない光景がある。

 性教育バッシングが激しかった05年の国会。自民党の山谷えり子参院議員が、ある公立小で使用されていた教材を問題視。それに対する答弁として、小泉純一郎首相(当時)は「性教育はわれわれの年代では教えてもらったことがないが、知らないうちに自然に一通りのことは覚えちゃうんですね」と述べた。すると、議場からどっと笑いが起きたという。

 水野さんは「性教育を下ネタのように考えている人たちがいる。子どもに責任があるのではない。問題は何も分かっていない大人たちだ」と話した。

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