好戦的なトランプ、市民に寄り添うダラス市  「抗議活動と地域の安全のため」働く市警

 ミネソタ州ミネアポリス市で5月25日、黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を地面に押さえつけられ死亡した。事件はSNSや報道で全米に伝わり、山火事のように各都市に抗議活動が広がっている。警察との衝突、破壊、略奪行為が起きたため、大半の自治体が非常事態宣言や夜間外出禁止令を発出。トランプ大統領は抗議活動の激化に「腰抜け市長が対応できないなら、州兵を送り込め」とツイートし、好戦的な姿勢を示してきた。しかし米国社会に長年巣くってきた人種差別への怒りを力で抑え込んでも解決しないことは、多様な住民とともに地域社会を築こうとする市当局が一番よく知っている。黒人市長、黒人市警本部長が率いるテキサス州ダラス市の状況を報告する。(テキサス在住、ジャーナリスト=片瀬ケイ)

ジョージ・フロイドさんが白人警官に暴行され死亡した事件で、抗議の声を上げる人々=1日、米ロサンゼルス(共同)

 ▽破壊行為への怒りと抗議への共感

 筆者の住むダラス市でも、5月29日から連日抗議が続いている。当初は700人を超える参加者が整然と抗議活動をしていた。が、夕刻すぎには一部のデモ参加者が警察と衝突。中心地の商業地区では破壊、略奪行為が起きた。ダラス市警察もゴム弾や催涙ガスを使用する強硬策にでた。

 ダラス市の黒人市長、エリック・ジョンソン氏は抗議の正当性は認めつつ、「破壊や略奪行為は、人権や市民権への正当な抗議とは何ら関係ない。自分勝手な違法行為は許されない」と、同31日、非常事態宣言および中心地における夜7時から朝6時までの外出禁止令を発出した。

 だからといって、同市が抗議活動そのものを排除しようとしているわけではない。それどころか、フロイド氏を死亡させたミネアポリス市警官の行動を公に批判する警察関係者も少なくない。

 ダラス市警察のルネー・ホール本部長もその一人だ。自身も黒人であるホール本部長は30日の記者会見で「私と同じ制服を着たミネアポリスの警官による行動は容認できない。釈明の余地なく、あれは殺人です」と言い切った。

 地域を脅かす破壊、略奪行為は徹底的に取り締まると強調する一方で、「警察の暴力に立ち上がり、抗議する市民を称賛します。ダラス市警も市民とともに、警察暴力を無くそうとする立場です」と述べた。

 またフロイド氏の出身地であるヒューストン市では、アート・アセべド警察署長も抗議デモに加わり、フロイド氏の死にかかわった4人の警官全員を起訴するよう呼びかけた。一方、テキサス州フォートワース市では、警官らが黒人への警察暴力に抗議するジェスチャーとして片膝をついてデモ隊に連帯を示し、抗議参加者から喝采を浴びた。

ダラス市警本部長と市長の記者会見 、5月30日

 ▽腐ったリンゴか、腐った体質か

 「フロイドさんの死に、そしてフロイドさん以前に失った多くの命に怒りを感じている」。ホール本部長は、2017年にダラス市警初の女性本部長に就任して以来、警察によって罪なく命を奪われた黒人住民の姿を目の当たりにしてきた。

 中心地に近い繁華街で、地元アーティストがフロイド氏と、それ以前にダラス市で犠牲となった3人のポートレートを壁画に描いた。白人と同じ権利が保障されているはずの時代に育ち、黒人だったというだけで命を落としたごく普通の若者たちだ。

 17年、夜間に未成年が集まって騒いでいるという通報を受けた警官が、その場を去ろうとする若者の車に発砲。助手席にいた15歳のジョーダン・エドワーズ君が窓越しに頭を撃たれて死亡した。

 18年、26歳の会計士だったボサム・ジーン氏は夜、自分のアパートでアイスクリーム食べていた。上の階に住む女性警官が、自分の部屋と間違えてジーン氏の部屋に『帰宅』し、同氏を不審者と思い込んで射殺した。

 19年、28歳の大学院生だったアタティアナ・ジェファーソンさんは、おいの子守をしていた。夜になっても表の扉が開いているのを心配した隣人が、警察に「安全確認」を依頼。警官は裏庭から懐中電灯でアパート内部を照らし、中にいたジェファーソンさんに「手を上げろ」と命じた。次の瞬間、窓の外からジェファーソンさんに向けて発砲、射殺した。

 こうした事件が起きても、警察内の一部の「腐ったリンゴ(悪人)」の仕業として片付けようとする社会の体質が連綿と続いてきた。腐ったリンゴがまぎれているのではなく、黒人を自動的に犯罪者とみなす警察、社会の体質こそが腐っているという怒りが奴隷制度の時代から全米でくすぶり続けてきたのだ。

フロイド氏と、ダラス市で警察に殺された黒人住民の3人のポートレート。縦書きで、SPREAD. LOVE. NOT. HATE(愛を広めて。憎しみではなく)と書かれている。筆者撮影

 ▽「不当な扱い」という日常

 ダラス市には多様な人種が住んでいる。市民のうち白人が約29%、黒人が約23%、混血を含むヒスパニック系が40%、アジア系が6%だ。こうした地域に暮らしていると、黒人住民の多くが警察の暴力だけでなく、日常のあらゆる面で「不当な扱い」を受けていることを誰もが知っている。そのためさまざまな人種、年齢層の市民が、今回の抗議活動に参加している。

 ダラス市では、運転者が警察にとめられて車内捜索を受ける率は、白人が11%なのに対して黒人は約17%。子供の貧困率は白人12%に対し、黒人35%。白人の時給は中央値で26・27ドル(約2850円)だが、黒人の時給は14・82ドル(約1607円)。週に30時間以上働く労働者のうち、黒人だと34%が貧困ラインかそれ以下の収入しか得ていない。白人で同じ状況なのは6%だけだ。

 この数日、朝のローカルテレビ局のキャスターらも、黒人差別問題について発言することが増えた。普段は明るい「お天気おじさん」の黒人気象予報士が、娘に「お父さん、なんでみんな私たちをこんなに嫌うの?」と聞かれ、いかに社会が変わっていないかを再認識し、やるせない気持ちになったと話した。

 法の下の平等を保障する公民権法が制定されててから半世紀以上が過ぎた。黒人市長や黒人警察署長の存在が普通になり、すでに黒人の大統領も誕生した。それなのに今も黒人市民は、白人警官の膝で首を抑え込まれて死んでいくフロイド氏に、自分の姿や自分の息子の姿を重ね合わせて見なければならないのだ。

デモ参加者による落書きの前を横切り、ホワイトハウスから教会に向けて歩くトランプ米大統領=1日(AP=共同)

 ▽一緒に嘆き、倒れ、立ち上がる

 全米で抗議活動が続いて7日目。トランプ大統領は「自治体が州兵を使って地域を防御できないなら、私が米国軍隊を派遣する」と発言した。しかし社会正義を求めて大多数の市民が整然と行っている抗議活動を制圧すべき暴力とみなし、軍事力を行使することを考える市長や知事などいない。

 共和党優勢のテキサス州だが、グレッグ・アボット州知事も「この国は誰もが抗議の声を上げる権利を持っている。地域安全を守る体制は十分に整っている」とし、軍隊派遣を要請する考えはないことを表明した。ヒューストン市では6月2日、6万人もの市民が集まりフロイド氏の遺族らとともに、粛々と抗議デモを行った。

 ジョンソン市長は「黒人への警察暴力、人種差別など歴史的に社会に蔓延(まんえん)してきた問題に、市民が正当な怒りと抗議の声を上げている。私たちはその声に耳を傾け、議論し、共に解決策を探る必要がある」と話す。ダラス市では、市警察に監督委員会を設置。警察捜査の透明性を改善し、地域からの要望を取り入れ、住民との信頼再構築に取り組んでいる。「今こそ、警察改革をする時」と、ホール本部長は断言する。

 夜間外出禁止令にもかかわらず、ダラス市では夕刻から夜間にかけての抗議活動が続いている。ダラス市警は、整然とした抗議活動については合意のもとで時間延長を認めながら、違法行為者は容赦なく逮捕するなど、毅然(きぜん)とした態度で警備を続けている。

 ホール本部長は述べた。「私たちは地域住民と共に嘆き、痛みを分け合う。倒れる時も一緒、そして一緒に立ち上がる。今晩も、これからも、抗議活動と地域の安全を保つために、ダラス市警は出動します」

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