「米国社会が分断」でも続く株高に警戒が必要な理由

米国株式市場では、3月下旬以降の反発が6月に入ってからも続き、6月3日時点で、S&P 500株価指数は3月23日の大底から約40%上昇して、2月の最高値からの急落の8割程度を取り戻しました。

迅速かつ大規模な金融財政政策によって、一時の都市封鎖から経済活動が早期に正常化するとの期待が株高を支えています。


経済の最悪期は過ぎた

4月小売統計などの米国経済指標からは、経済封鎖によってGDPが10%規模で縮小していたことが確認されています。

一方で、リアルタイムで外出状況から経済復調を示すGoogle社による移動指数(都市封鎖以前対比の移動増減率)は、4月13日(−46%)の大底から反転して、5月25日には(−28%)まで戻りました。企業、家計の景況感指数も5月に下げ止まっており、経済の最悪期は過ぎたとみられます。

また、大規模な財政支出による後押しで、新型コロナの治療薬やワクチン開発の進捗の可能性を示す報道も、経済活動の早期回復の期待を高めています。

Google社の移動指数はロックダウン以降の落ち込みが約半分戻っている一方で、先述したとおり米国株は、2月高値からの歴史的な急落の後、すでに早々に8割程度戻っています。株式市場は、今後も移動指数がさらに上昇しながら、スムーズに経済再開が続くことを先読みしていると言えます。

経済再開でもまだあるリスク

ただ、今後経済再開が少しでもつまずけば、米国株市場は反落するリスクがあります。緊急事態宣言が解除された日本でも感染再拡大が警戒されていますが、このリスクは米国でより大きいと筆者は見ています。

米国では、感染者が増え続けている中で、いくつかの州では経済活動を早期に再開しており、公衆衛生政策が徹底されずに政治的な判断が優先された可能性があります。

実際に、テキサス、カリフォルニアなどの州では経済再開とともに足元まで感染者が増え続けていますが、これらの地域で感染拡大が続けば再び経済活動制限が行われるリスクがあります。

また、他の先進各国同様に経済が再開しているとはいえ、米国におけるコロナショックによる広範囲な経済封鎖のインパクトは、戦後最大規模の大きさです。労働市場では、5月には失業率は15%超に上昇したと推計されます。

経済再開によって失業率も6月以降低下するでしょうが、解雇の対象となった宿泊・飲食店など労働集約的なセクターにおいては、ソーシャルディスタンスが強く求められるコロナ後の世界で、雇用は簡単に回復しないでしょう。

産業・企業間の経済資源のシフトが起きることも雇用回復を抑制するとみられ、戦後最も悪化したとみられる米国の失業率は2021年にかけて高止まりすると予想しています。

<写真:ロイター/アフロ>

分断が広がる米国社会

さらに、米国では、5月25日のミネソタ州での警官による黒人男性死亡事件を発端とした、デモと暴動が米国全土に広がっています。

大統領選挙を控えている中で、極端な政治勢力の動きも暴動激化の背景と見られますが、経済的な側面では、最悪期を脱したとはいえ米国の経済状況が広範囲に悪化し、社会的緊張が高まっていたことも大きかったでしょう。

FRB(連邦準備制度理事会)の調査によれば、所得4万ドル未満の家計の約4割が失業リスクに直面しています。経済封鎖の被害を大きく受けた、低所得労働者に深刻なダメージが及び米国社会は分断しつつあると言えます。

トランプ政権が発動した所得補償を中心とした財政政策の規模はとても大きく、3,000億ドル規模の家計への現金給付はすでに5月までにほぼ支給されています。さらに企業への融資を通じた経路を加えるとGDPの6%程度の政府支出が、家計への所得補償に回ったとみられます。

4月の米国の経済指標は軒並み悪化しましたが、政府からの現金給付によって家計所得は前月比+10%以上も増えており、迅速な米国の財政政策が、経済活動の落ち込みをかなりの程度カバーしています。

ただ、その効果が米国の労働者全体に、まんべんなく行き渡るのは難しいでしょう。たとえば、失業保険給付金の支払い方法は州によって異なり、保険金給付が遅れている可能性が高い州があります。

極めて大規模な財政政策が発動されても、この安全網から漏れている低所得者が多く、それが社会分断を広げ全国的な暴動や略奪を招いた面もあると言えます。

先述した通り、当局による財政金融政策への期待が、米国の株高のドライバーでした。ただ、これまで大規模な経済対策が早急に実現したこともあり、追加の経済対策には大きな期待は難しい状況になっています。追加の経済対策に関しては、民主党、トランプ政権の双方が掲げるプランが大きく異なっています。

今後、両党の妥協によって追加財政政策が決まる可能性もありますが、国内の暴動問題、トランプ政権の強硬な対中政策、など大統領選挙を控えて政治情勢は一段と複雑化するでしょう。これまで景気回復最優先だった議会が機能不全に陥るなど、経済政策に対する失望が市場心理を冷やしかねないと筆者は警戒しています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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