繰り返される黒人への暴力 「思いやり」「融和」…歴代指導者が掲げた理想と現実

5月30日、米ミネソタ州ミネアポリスで、燃える建物の前で手を上げるデモ参加者(ロイター=共同)

 米中西部ミネソタ州での白人警察官による黒人男性暴行死事件に端を発する抗議デモ。一部が暴徒化し略奪行為も相次いだことにトランプ大統領は軍部隊による制圧も辞さない構えを示した。連邦軍の国内出動となれば1992年の「ロサンゼルス暴動」以来という異例の事態だが、このロス暴動もまた白人警官による黒人男性への暴行が発端だった。警官による黒人殺害は国民の融和を訴えたオバマ前大統領時代にも相次ぎ、抗議運動と合わせて米国内の人種対立の根深さを顕在化させるものだ。繰り返される暴力の歴史を振り返る。 (構成、共同通信=松森好巨)

 ▽法と秩序

 米国史上最悪の暴動といわれるロス暴動は、1991年3月に黒人男性を殴打したとして暴行罪に問われた白人警官ら4人の裁判で翌92年4月、ほぼ全面無罪の評決が出されたことに黒人らが猛反発したことから巻き起こった。

ロス市警本部前で、黒人男性を暴行した警官への無罪評決に抗議する市民ら=1992年4月29日(AP=共同)

 警察やコリアンタウンなどが狙われ、ロサンゼルス市は非常事態を宣言、州兵のほか連邦軍なども出動。50人以上が死亡、2千人以上が負傷した。

 当時の大統領・故ジョージ・ブッシュ氏は大規模暴動後に発表した声明で「法手続きを尊重することが重要である」などと市民に対し法の遵守を呼び掛ける一方、その「法と秩序」を維持するため地元州知事の要請を受ける形で連邦軍に対し待機出動命令を出した。

1992年4月、米ロサンゼルス市内で放火され炎上する韓国人経営のショッピングセンター(AP=共同)

 こうした強硬姿勢により事態は沈静化していったが、暴動直後の世論調査でブッシュ氏の支持率は急落。結局、この年の11月に行われた大統領選で民主党のビル・クリントン氏に敗北した。主な敗因は公約を破って増税に踏み切ったことなどとされている。ただ、「より優しく、思いやりのある社会」をスローガンに掲げ大統領に就任したブッシュ氏にとって、その理想とかけ離れたロス暴動がもたらした影響は小さくなかっただろう。

 指導者が掲げる理想と米国社会における現実との乖離(かいり)は、09年に米国史上初の黒人大統領となったオバマ氏が直面した問題でもあった。就任当初から国民の融和を呼び掛け熱狂的な支持を集めたものの、根深い人種対立の根は残り、米国民の怒りが表面化した事件が続発した。

米中西部ミズーリ州ファーガソンで警察官による黒人青年の射殺に抗議する人々=14年8月15日(AP=共同)

 14年8月、中西部ミズーリ州ファーガソンで白人の警察官が言い争いの末、丸腰の18歳の黒人青年を射殺。炎天下、現場に遺体が約4時間放置されたことへの批判も強く、黒人住民らが激しい抗議を展開した。略奪行為も起きた混乱は全米に拡大した。

 また、15年4月に東部メリーランド州ボルティモアで黒人男性が、複数の警官に取り押されられた際に脊髄を損傷、その後死亡した。以降も警官による黒人射殺が相次ぎ、翌年7月には南部ルイジアナ州で、白人警察官2人が黒人男性を取り押さえ射殺、中西部ミネソタ州ファルコンハイツでも車に乗っていた黒人男性が警察官に射殺された。いずれも現場の様子を写したとされる動画がインターネット上で公開され、全米で抗議活動が起きた。

米東部メリーランド州ボルティモアで、黒人男性の死亡事件をめぐり警察に抗議する市民ら=15年4月30日(ゲッティ=共同)

 オバマ氏は14年8月のファーガソンの黒人青年射殺とそれに伴う混乱に対し「われわれ全てが米国一家の一員であることを思い出そう」と述べるなど、ことあるごとに融和のメッセージを発信した。ただ、根深い歴史を持つ人種対立や格差の問題を前に抜本的な解決策は見出せず、その任期を終えた。

 ▽変化

 繰り返される警官による黒人への暴力とそれに伴う激しい抗議の動き。今回の事態を目の当たりにすると、またなのか…という思いに駆られてしまう。

 それでも、変化の兆しを見て取るむきもある。

ジョージ・フロイドさんが亡くなった現場で、人々に語り掛ける弟のテレンス・フロイドさん(中央)=1日、米ミネソタ州(ロイター=共同)

 「何をしているんだ。そんなことをしても兄は戻ってこない」

 「お願いだから平和的にやろう。自分たちの声に力がないと考えるのはやめよう」

 ミネソタ州で暴行され死亡したジョージ・フロイドさんの弟、テレンス・フロイドさんが1日、兄が亡くなった現場を訪れて訴えた言葉はインターネット上で賛同の声が相次いだ。また、ニューヨークや南部フロリダ州マイアミ近郊で、警官が地面に片膝をついてデモへの共感を示すなど、当局側にも平和的なデモを尊重する動きが出始めている。

インターネット集会に参加したオバマ前米大統領=3日(ゲッティ=共同)

 こうした動きを前にオバマ氏は3日、黒人の若者らとのインターネット集会で「この国で起きているものすごい変化は私の生涯で見たことがない」と指摘。事件は「悲劇」だったとしたものの、こう強調した。「われわれが結束して取り組み、米国を変革させる機会を与えてくれた」

 翻って、現大統領であるトランプ氏。全米での抗議デモ激化を受けて「法と秩序だ!」とツイートするなど早急な治安回復を訴える姿勢が際立つ。黒人暴行死事件から1週間となる1日にはホワイトハウスで演説し、デモの一部暴徒化を「国内テロ行為」と非難。各州知事らに直ちに州兵を動員して制圧するよう要求、拒否すれば連邦軍を投入すると宣言した。政権内からは否定的な意見が出ているものの、トランプ氏は依然として強硬な姿勢を崩していない。

1日、米ホワイトハウスで演説するトランプ大統領(ゲッティ=共同)

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