【Ready For Japan! vol.16】想像力で日本を旅しよう!全国地域別オススメ小説12選

日本の小説を通して日本を探検しよう

次の日本旅行をもう夢見ているあなたに、行きたい旅行先を舞台にした小説を読んでみるのはいかがですか? 本記事では、東京や京都、北海道、長崎、沖縄など日本の各地方に暮らす、または旅する人々の姿を描いた、素敵な12冊の日本の小説をご紹介します。

想像上の日本旅行は、実際の旅の経験をさらに深いものにするに違いありません!

1. 北海道:村上春樹『羊をめぐる冒険』

1982年刊行の『羊をめぐる冒険』 は、村上春樹が世界的に知られる作家として地位を確立することとなった、初期の問題作です。

物語の舞台は東京と、北海道。主人公である「僕」の故郷は、神戸と思われます。

強力な地下組織の要請で、主人公とガール・フレンドは、背中に星の印をつけた幻の羊を探す旅に出ます。主人公の友人「鼠」からもたらされる数少ない手がかりをもとに北海道へ。札幌のどこにでもあるようで、謎に満ちたホテルで数日間過ごしたあと、ふたりは旭川の北にある架空の町、十二滝町へと向かいます。

北海道の壮大な自然、遥かなる大地、山々、10月上旬には早くも訪れる北海道の冬の様子が、小説の後半で詳細に描写されます。主人公は、明治時代にアイヌの知恵を借りながら共同体を築いた、日本人の歴史を垣間見ることになります。

『羊をめぐる冒険』は、北海道を訪れて自分だけの冒険がしたくなる、夢中になれる一冊。村上春樹は「ポップな文学」として、社会や日本の政治の現状から乖離したような作風を批判されることがありますが、『羊をめぐる冒険』をじっくりと読み込めば、日本社会において特定の立場をとらないということ自体が、1つの立場なのだということを感じられるはずです。

作品:村上春樹著『羊をめぐる冒険』(講談社文庫) Amazonで購入

2. 岩手:宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

「ちょっと待ってよ。『銀河鉄道の夜』は岩手じゃなくて、完全に架空の世界が舞台でしょう?」と思った人もいるはず。

確かにそうですが、『銀河鉄道の夜』の舞台となった村もしくは町は、作者・宮沢賢治の故郷・岩手県に深く結びついているのです。

たとえば、主人公ジョバンニが学校や仕事を終えて駆けていくケンタウル祭は、架空のものですが、七夕祭りや、豪奢な紙の灯籠を飛ばす東北の大規模なお祭りが思い起こされます。岩手のある東北地方は、ほかの土地ではあまり見られない七夕祭りの伝統がよく知られています。

ケンタウル祭の夜、ジョバンニは友だちのカムパネルラと、天の川をめぐる幻想的な旅に出ます。夜空を舞台に、星座や、ほかの乗客たちとともに物語は進みます。現れてはいなくなる彼らは、ジョバンニとカムパネルラに消えない印象を残します。物語そのものが、生と死をめぐる温かな考察と、ほんとうの幸せとはなにか、という問いになっています。

岩手に行けば、宮沢賢治の小説をモデルにした、本物の蒸気機関車「SL銀河」に乗れますよ。夜、めがね橋(写真)を走る列車は必見。星のなかを走っていくようです。豊かな自然に囲まれ、星を見るのに最適で、物語に出てくる星座や星を見つけて楽しむことができます。

作品:宮沢賢治著『銀河鉄道の夜』(新潮文庫)。Amazonで購入

3. 東京:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』

ご想像の通り、東京は、さまざまな小説の舞台になっています。フィクションにおける東京の複雑で多種多様なイメージは、この街が実際にどれほど表情豊かで多面的かを教えてくれます。街自体が意思と運命を持って生きているかのように見えることが、東京の抗いがたい魅力なのかもしれません。

洗練された高いビル群と、その一方にある暗闇や危険、残酷さとの興味深い対比を読みたいなら、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』以上のオススメはありません。

物語はキクとハシという、赤ちゃんのときに駅のコインロッカーに置き去りにされた2人の子どもたちの成長を追います。困難な子ども時代をともに乗り越え、道を違えても、いつまでもつきまとう母の面影。2人は、生きようとする圧倒的な本能ーーおそらくは、母親から受けついだ最大の贈り物ーーを自らの中に見出します。

この小説には、日本文学においてもっとも力強い東京の描写があります。東京は、この小説の舞台であるだけでなく、時に母親の顔を借りて現れる、神のような相手なのです。

作品:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』(講談社文庫)。Amazonで購入

4. 東京:よしもとばなな『もしもし下北沢』

もしもし下北沢』では、心癒される東京の一面が見られます。主な舞台は下北沢、居心地のいい飲み屋や小劇場、綺麗なカフェが多くある若者の街です。主人公のよしえは、ミュージシャンだった父親が不可解な死を遂げ、この街に引っ越してきます。下北沢の小さなアパート、そしてレストランのウェイトレスとしての、新しい生活。同じく夫を亡くした悲劇を乗り越えようとする母親も一緒に住むことになります。

地元の住民に囲まれ、オープンさや心あたたかさに癒されていく彼らの新生活の一歩一歩を描いた物語。新しい人生の始まりとともに、よしえの父親の死をめぐる真相が、徐々に明かされていきます。

よしもとばななの作品に繰り返し見られる、愛する人の死といった、大きな喪失からの再生というテーマ。『もしもし下北沢』では、下北沢という街が、癒しのプロセスに重要な役割を果たします。下北沢をそぞろ歩いてみれば、この街の自然で自由な生活の様子が、明るく力強く伝わってくるはずです。

作品:よしもとばなな著『もしもし下北沢』(毎日新聞社)。Amazonで購入

5. 東京:川上未映子『乳と卵』

乳と卵』は2020年4月に英訳されたばかり。大阪から姉を訪ねてきた母と娘、巻子と緑子と、東京に住む夏の物語。40歳近い、スナックのホステスの巻子は、豊胸手術を受けたくてたまらない。一方、自分の体に起きつつある変化にとまどう10代の緑子は、喋らなくなっています。

物語の舞台は東京の下町、上野や浅草に近い、三ノ輪です。ここでは、大阪出身の3人の女性たちから見た東京が語られ、この首都に暮らす生活についてのおもしろい皮肉がたっぷり(ちなみに、大阪についても詳しく書かれています)。三ノ輪にある、昔から変わらず地元に愛される銭湯のような、東京のあまり知られていない、下町の雰囲気に触れられます。

作品:川上未映子著『乳と卵』(文春文庫)。Amazonで購入

6. 京都:川端康成『古都』

京都をもっとも美しく綴り、その街の洗練された日本文化を描いた文学のひとつが、川端康成の『古都』でしょう。 戦後、少しずつ復興していた日本で、1962年に発表されました。

呉服問屋の嫡子として育てられた20歳の千重子は、双子の苗子と偶然、八坂神社で出会います。京都の北の山間の村で暮らす苗子は、木材の加工をして働いています。そっくりな2人の風貌に、帯の職人で、千重子を愛する秀男までもがとまどうことに。

『古都』は着物の職人技を称え、また着物が京都市民の生活にいかに深く根ざしたものかがいたるところに表現されています。一年を通した京都の四季を絶妙にとらえ、移りゆく街と登場人物の変化を描き出します。祇園祭や葵祭、時代祭といった京都のお祭りも、いまにつながる京都の人々の生活の原点として描かれています。

発表当時失われかけていた上品な伝統文化に向けられた、作者の郷愁も感じられます。嬉しいことに、着物を作り出す職人技は、半世紀前の半分の規模とはいえ、いまも京都に生き続けています。

この物語のもっとも優れた点は、外からきた他者の目にはわからない、実体としての京都を描き出していることでしょう。この街にある日本文化が、外から理解されないということではありません。京都の文化の奥深さを知るためには、見る者が自ら変わること、学ぶこと、成長することを望んでいなければならないのです。

作品:川端康成著『古都』(新潮文庫)。Amazonで購入

7. 京都:三島由紀夫『金閣寺』

京都に来たらぜひ見なければ!と思う金閣寺。将軍家の庇護のもとに芸術が開花した室町時代(1336-1573)に始まる「北山文化」の象徴で、金箔に覆われ、権力と品格を体現しています。

三島由紀夫の小説『金閣寺』は、1950年にある仏僧が金閣寺に放火した事件に着想を得たもの。主人公である吃音の僧侶は、金閣寺の美しさを徐々に耐えがたく思い、ついには火を放つことになります。

あまりに魅力的で、見る者の目を「焼いて」しまう破壊的な美の力が、狂気へと駆り立てるーー三島由紀夫の作品に繰り返し登場するテーマです。

金閣寺は再建され、現在は世界遺産に登録されています。火を放つほど強力な魅力を持つ寺……京都を訪れる際にはぜひ直に見てみたいと思わせられます。

作品:三島由紀夫著『金閣寺』(新潮文庫)。Amazonで購入

8. 和歌山:有吉佐和子『紀ノ川』

紀ノ川』は明治(1868-1912)後期から大正(1912-1926)を経て、昭和(1926-1989)中期の戦後までにわたる、激動の日本を生きた女性たち3世代の物語です。

主な舞台は和歌山、紀の川沿いの村。3世代の祖母である花が20代で嫁ぎ、人生のほとんどを過ごすことになる村です。読者には、20世期初頭、伝統の婚儀や日本家庭の生活が詳しく語られます。

花の娘、文緒は男女同権を掲げ、結婚相手は自分で選び、母に反発しています。第二次世界大戦が始まると、東京への空襲を怖れ、文緒の十代の娘、華子が和歌山の花のもとへやってきます。華子は、茶道や着物といった伝統的なものに興味があるようでした。

紀の川は地元の生活と密接につながり、人々の暮らしや、国を揺るがした大きな歴史的変化を見守ってきました。この小説には、20世紀の日本家庭の生活と、自然と人の営みとの強い絆が描かれています。読後には、海へと静かに流れるこの生命力あふれる川を、自分の目で見てみたいと思うようになるでしょう。

作品:有吉佐和子著『紀ノ川』(新潮文庫)。Amazonで購入

9. 愛媛:大江健三郎『万延元年のフットボール』

万延元年のフットボール』の主人公は、重度の障害を持った子どもの誕生と、仕事仲間である近しい友人の異常な自殺とを経験し、新しい生活を始めようとしています。妻と、長らくアメリカにいた弟の鷹四とともに、蜜三郎は四国にある愛媛の故郷へと戻ってきます。

物語の舞台は1970年代ですが、登場人物たちは個人の歴史、つまり、第二次世界大戦当時にこの村で過ごした子ども時代と向き合い、そして100年前、1860年に各地で一揆が相次ぎ、日本に大きな変革を告げようとしていた当時の村の歴史とも向き合うことになります。武家政治の終わり、明治時代(1868-1912)の始まりの王政復古です。

四国の自然にまつわるもっとも強力な描写は、村を取り囲む森林にあります。現代化が進み、チェーンのスーパーマーケットが村に利便性や快適さをもたらしても、森の力は何にもまして強いものとして描かれています。登場人物を動かす動機よりも大きな力。蜜三郎は村の行事に参加しようとしませんが、その流れのなかに絡めとられ、人生を新たなものにするために自分自身の決断を下そうとするのです。

大きな歴史に重なる、個人の歴史の物語ーー大江健三郎の作品の特徴のひとつですーーそれは、2020年、生き方が変わりつつある今のわたしたちにこそ、必要なものかもしれません。

作品:大江健三郎著『万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫)。Amazonで購入

10. 愛媛:夏目漱石『坊ちゃん』

『万延元年のフットボール』を先に読んだら、四国のイメージは超常的な生きものが棲む、野生の森に囲まれた暗い場所になってしまうかも……。もう一つ別の物語で、バランスを取りましょう。夏目漱石の『坊ちゃん』です。発表は1906年。日本近代文学の代表作として、日本人なら誰もが知る、そして愛されている作品です。

物語の大部分は、愛媛県の中心都市・松山で展開します。「坊ちゃん」と呼ばれる主人公は、東京から松山へ赴任してきた、旧制中学校の物理教師。横柄で喧嘩っ早いですが、正直さ、高潔さを重んじる人物です。そんな性格から察せられるとおり、さまざまな面倒ごとに巻き込まれるのですが、どうにかこうにか、感謝の心を持った立派な男へと成長していくのです。

東京生まれに強い誇りを持つ若者の目を通して、明治時代の松山が明るく生き生きと描かれます。坊ちゃんお気に入りの温泉として触れられる道後温泉は、この小説の影響もあり、いまでは一年じゅう人の絶えない有名な温泉になっています。

明治時代の四国は、なぜかくも明るく描かれているのか、それは、みなさんそれぞれの考察にお任せします。愛媛を訪ねてみれば、いたるところに息づく歴史の名残りが目に入るはずです。

作品:夏目漱石著『坊ちゃん』(新潮文庫)。Amazonで購入

11. 長崎:遠藤周作『沈黙』

遠藤周作の『沈黙』を読むと、江戸時代(1603-1868)の隠れキリシタンたちが生きた軌跡を辿るために、長崎を訪ねなくてはならない気持ちに駆られるでしょう。

『沈黙』は1639年、師匠であるフェレイラの背信の理由を探るため、長崎にやってきたポルトガルの若き司祭、セバスチァン・ロドリゴの物語です。当時、キリスト教は幕府に禁じられ、キリシタンと疑われた者は拷問を受け、キリストの絵を踏むことで信仰を棄てるよう強いられていました。

ロドリゴもいつしか、隠れキリシタンの一団の命が、自分が踏み絵をすることにかかっている状況に陥ります。人生をかけて尽くしてきた教えの根底にある愛を胸に、ロドリゴは人々を助けるため、キリストの絵を踏みます。

長崎は、日本の歴史と文化がいかに複雑なものかを発見できる場所です。隠れた、あるいはあえて隠されてきた歴史の一部を、いまも示唆する教会や記念碑が数多く建っています。歴史を知ることで、日本に対するイメージになかったものが加わり、日本文化の豊かさ、本当の深層に近づけることでしょう。

作品:遠藤周作著『沈黙』(新潮文庫)。Amazonで購入

12. 沖縄:目取真俊『眼の奥の森』

沖縄といえばその綺麗な島々、砂のビーチやヤシの木陰、透き通った海の水など、「エキゾチック」なイメージがあります。日本のほかの土地にはない、力強い独自の文化を持っているのです。

眼の奥の森』は、目取真俊のほかの作品同様、沖縄が現代も抱える歴史の傷に触れています。第二次世界大戦後まもない頃、17歳の小夜子が占領軍の兵士4人に暴行された集団暴行事件を扱ったものです。

小説全体に、暴力に対する無力感が満ちています。沖縄をめぐる物語である以上に、地域の人々を長年にわたって苦しめる、戦争の傷についての強力なメッセージとなっている小説です。

海辺の穏やかな沖縄旅行も魅力的ですが、何世紀にもおよぶこの土地の歴史を心に留めておいてください。豊かな地元の文化にも、美しい工芸品や伝統舞踊にも、災禍に立ち向かってきた人々の強さが感じとれます。

作品:目取真俊著『眼の奥の森』(影書房)。Amazonで購入

文学を通して日本を発見しよう

ここにあげた物語を楽しんで、日本への旅の備えにしていただければ幸いです。フィクションとは、単純な日常の言葉では語れない真実を伝えることができる一つの方法ーーそう思えば、これらの物語は、あなたの旅をいっそう豊かにしてくれるはずです。

[(/jp/ready-for-japan)

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