議事録が作成されないもどかしさ

専門家会議巡る報道、見えない政権内部の議論

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牧原出

東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)

牧原出

東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学・行政学)

政治学

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安倍首相と専門家会議副座長の尾身茂氏(左)=5月4日、首相官邸

 新型コロナウイルス感染症の世界的広がりの中で、各国はそれぞれ独自の方法で感染の抑え込みに取り組んでいる。日本では5月25日に緊急事態宣言が全面解除された。今のところ死者数は欧米と比べて極めて少なく、感染者の発生数も5月後半は大きく低下した。一応抑え込んだ形と言えるだろう。

 そうした中で、共同通信の報道を皮切りに、政府の記録保存がずさんではないかという問題があらためてクローズアップされている。「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下「専門家会議」)」はこれまで、外出自粛などの行動変容を国民に繰り返し呼び掛けてきた。その会議の議事録が作成されていないのは問題ではないかというのである。専門家たちが見えないところで行動制限の内容を勝手に決め、われわれに手かせ足かせをはめたのではないかという怒りがふつふつと沸きあがっているようにすら見える。ところが専門家会議の議事録ばかりに目を奪われていてはいけない。問われるべきは、いまだ不透明な政府方針の決定プロセスであり、それら全貌を明らかにすることだ。(東京大学教授=牧原出)

 ■ベールに閉ざされる決定

 公文書管理制度が確立したのは、東日本大震災発生の翌4月に公文書管理法が施行されてからである。以後、公文書は国民の財産であり、適切な管理・保存が必要との考え方が根付きつつある。そして安倍政権は、この公文書管理制度にのっとり、新型コロナ対策を「歴史的緊急事態」と指定し、公文書管理の徹底を図ることを宣言した。

 しかしながら、森友学園問題での大幅な公文書の改ざん、加計学園問題を巡っては内閣官房での文書破棄といった政権のずさんな対応が続いてきた。直近では検察庁法改正問題が政権批判に火をつけたが、この大元となった黒川弘務・前東京高検検事長の定年延長では、法務省内部での検討過程で公文書が作成されなかったとの説明である。政権の無責任な態度の一端が、新型コロナ対策でもやはり出てきたか、というわけである。

 こうした問題が浮上するのは、一つには新型コロナ対策について、検証を含めてどう振り返るかという国民的関心事があるからであり、もう一つはともすれば形骸化しつつある公文書管理制度の運用を厳格にすべきだとする社会的要請もある。

 他方で、政府の意思決定には、関係する個人・団体に関わる微妙な点についても十分な配慮が必要であるため公開に際して慎重になることもあり得るし、いわゆる歴史的に重要な公文書は、その案件が歴史研究の対象となるくらい時期がたってから公開した方がよいものもあるだろう。専門家会議の議事録も、そうしたもろもろの考慮を重ねながら、作成・公開について考えるべきである。

新型コロナウイルス対策の専門家会議=東京都千代田区

 では今必要なのは何だろうか。まず理解しておかなければならないことは、新型コロナ対策の根本は、専門家会議ではなく、官邸で行われる関係閣僚などによる連絡会議だという点である。政府内の判断プロセスが分からずして、専門家の討論だけを見ても十分な事後検証は果たし得ない。

 確かに、専門家会議は市民の行動変容が必要だと繰り返し説いていたため、その決定が全てであったかのような印象を持ってしまいがちだ。ところが専門家はあくまでも専門家の見地から意見を述べているのにすぎない。それが政府の意見になるのだとしても、政府としての判断があった上でのことだ。

 ここで重要となってくる連絡会議だが、その記録が保存されていなかったことが国会審議の中で明らかとなった。政府は、議事概要の作成と公表を約束したものの、その後は一転、公開に消極的となった。政府の決定はベールに閉ざされたままなのだ。連絡会議での議論を含め全貌を明らかにすることが大事なのであり、専門家会議の議事録公開のみに目を奪われてはいけない。

 とはいえ、ことの発端は専門家会議で「議事録」が「作成」されていないという報道だ。政府の説明は、専門家会議とは、公文書管理のガイドラインが定める「政策の決定または了解を行わない会議等」であるため、「議事概要」の作成で足りるというものであった。しかし、問題は、議事概要が発言者の記載がない羅列的なものであることと、3月9日までしか作成されていないことである。

 新型コロナ対策を担当する西村康稔経済再生担当相は6月7日、今後は議事概要に発言者を記載すると表明したが、これは一つの進展である。であるならば、今早急に必要なのは、その議事概要を現在に至るまで作成・公開することであろう。そして公開されたら、それらの文書を精査することが、メディアと市民にとり必要な作業である。

 これまで内閣府でも、また各省でも、こうした専門家による研究会については、議事概要の作成で済ませてきている。西村担当相が説明したように「自由闊達(かったつ)」に(この表現を非公開とする側が自ら言うことが適切とは言いがたいのだが)多様な角度から議論を行うには、言葉尻を捉えられることをあまり意識せずに発言した方が、政策のヒントを豊富に得られてよい場合もあるとの考え方に基づくようだ。

西村経済再生相=6月7日、東京都千代田区

 ■「錯覚」へ導く危険性

 それでよいのかが問題となったのは、今をさかのぼること2年前。総務省の研究会に関する2018年7月の毎日新聞の報道である。「町村議会のあり方に関する研究会」は、議事概要のみウェブサイトに公開されており、毎日新聞が情報公開請求をかけたところ、「作成・取得しておらず、保有していない」という通知があった。にもかかわらず、同紙が別筋で詳細な議事録を入手し、結局総務省も発言者名が特定された議事録とも言うべき文書の存在を認めざるを得なかったのである。

 もっとも、この研究会での検討のさらに後になって、地方制度調査会という公開の場で町村議会のあり方が審議されており、研究会の決定で原案作成がすんだわけではない。

 新型コロナの専門家会議の決定についても、実際には、先に触れた官邸での連絡会議や、全閣僚で構成される新型コロナウイルス感染症対策本部(以下「新型コロナ対策本部」)で審議された。緊急事態宣言に関わるものについては、専門家が委員を務める「基本的対処方針等諮問委員会」(以下「諮問委員会」)で議論されたのである。

 これらの議事録作成がどうなっているのかを専門家会議と合わせて全体を見渡す必要がある。専門家会議といった一部の会議の議事録作成にのみ焦点が当たることは、一見正しいように見えるが、ことの全貌を理解することにはならない。他で重要な決定がなされたことが忘れられ、あたかも議事が公開された会議でのみ全ての決定がなされたかのような錯覚へと世論を導く可能性が高いからである。

 仮に政策の失敗が明らかになった場合、公開に応じた専門家会議だけに責任が降りかかる恐れすらある。

 ■記録公開のモデル

 では、どうすればよいのだろうか。一つには、繰り返しになるが、専門家会議の議事概要を作成・公開することである。ただし、これから概要が公開されるべき3月17日以降の専門家会議では、単なる状況分析にとどまらず、感染の抑え込みに向けた「提言」を含めて議論がなされている。そうした提言へ至るプロセスも可能な限り「概要」の中で明らかにすべきであろう。

 二つには、議事録の作成と公開が必要なのは、議事概要しか公開されていない新型コロナ対策本部と、議事概要も議事録も公表されていない連絡会議と諮問委員会である。

 まず連絡会議については、政府はこの種の官邸内部の会議の議事録公開にこれまで応じてきていない。

 だが、6月4日の読売新聞は、その内情について、専門家会議の提言案に「『1年以上は何らかの形で持続的な対策が必要』との表現があるのを知ると、官邸幹部は 『国民はキレますよ』『破裂しますよ』などと声を上げ、首相も『なぜこんなに長くしなければいけないのか』と同調した」と報じている。ある種のリークがあったのだろうが、これほど精細に会議のやりとりを再現できるのであれば、少なくとも後世に向けて歴史的公文書としての議事録を作成しておくべきであろう。

 この連絡会議と並んで、緊急事態宣言の発令と解除を最終的に了承した諮問委員会は特に重要である。

 緊急事態宣言を解除した5月25日の諮問委員会を巡り、翌26日の朝日新聞は、緊急事態宣言解除という原案に対して、複数の委員から異論が出たと報じている。こうした会議こそ、議事内容について国民は知りたいはずである。3月末から時宜に応じて開催されたこの会議での議事内容が6月初めの今になっても一切公開されていないことこそ、本来問われるべき問題なのである。諮問委員会について議事録を作成すると政府は説明してきており、これも早急に進め、可能な範囲で公開すべきであろう。

 三つには、議事概要と議事録をいつどのように公開するかである。双方の作成手順を早い段階で制度化したのは、経済財政諮問会議であった。そこでは議事概要は会議の翌日から3日以内に作成・公表することとされている。議事録は4年経過した後に公表するとされており、実際に4年前の会議までの議事録公開にとどまっている。議事公開の速報性を重視しながら、詳細な記録は一定の期間後に公表するという方針がとられており、それは会議情報の公開としては極めてバランスの取れたものである。

 確かに、政府は可能な限り公文書の保存に努めるべきであり、議事録作成はその一つである。だが、五月雨式に公表した場合、全体像がつかめないまま、先に議事録を公開した会議体に非難が集中することもあり得る。それは公文書管理の趣旨に合わないだろう。

 今後必要なことは、議事録の作成をあらかじめ定めた会議である諮問委員会と新型コロナ対策本部から公開することであろう。諮問委員会については、議事概要の公開を議事録に先んじて行うことも考えられるが、そもそもの会議時間がそう長くないことから、議事録の公開をできるだけ早期に行うべきであろう。

 議事概要の公開にとどめるとしている専門家会議については今後、経済財政諮問会議のような公開手順を適用するべきだ。そうした手順は、他の府省での有識者会議一般にも徐々に拡張してよいのではないだろうか。まずは議事概要を遅滞なく公表し、時間がある程度経過したところで議事録を公開するという方式である。そうした方式をとって議事内容を公開すれば、「自由闊達」な議論の雰囲気が失われることはないであろう。

 将来的には、連絡会議など政府部内も含めたすべての研究会のような会議で、同様の段階を踏むことをルールにすることが望ましい。そのためにも、これまでは議事録作成をしないものとされていたとはいえ、やはり連絡会議については、録音した上で音源を保存するなど議事録作成が可能な準備を講じるべきである。

参院予算委で答弁する安倍首相(左端)。右手前は立憲民主党の蓮舫氏。この日、連絡会議について質問が出た=3月9日

 ■洗いざらいの議論

 四つには、そもそもこうした議事録を作成しない状況に不満が高まるのは、今回の一連の対策に区切りがついたか定かではなく、いったいどのように政府として当面の着地点を見定めているのかが全く分からず、決着のないもどかしさを国民が感じているからである。やはり一度は、何がどう決まり、施策が進められたのかを公開の場で議論する機会が必要ではないだろうか。

 実は緊急事態宣言の前提となる基本的対処方針について審議する諮問委員会には、その母体となる審議会がある。それは、新型インフルエンザ等対策有識者会議(以下「有識者会議」)である。諮問委員会の委員は、この有識者会議から選任されることになっているからである。

 ところが、有識者会議本体は、今回の新型コロナについての措置が取られる間一度も開催されていない。委員構成を見ると、感染症の専門家にとどまらず、地方自治体の首長、マス・メディア関係者、経済団体出身の委員など、多種多様である。しかも、これまでは発言者名を含む詳細な議事録を公開してきた。

 であるならば、そう遠くないうちにこの会議を開き、議事録の公開を前提に、諮問委員会での審議の経過、新型コロナ対策全般について報告がなされ、委員から「自由闊達」に意見を交換すべきではないだろうか。国民が望んでいるのは、まずは、そうした会議を通じて、関係者の口から振り返りの発言があり、それに対してさまざまな国民各層を代弁する委員から意見や質問が出され、会議という集合知を通じて、これまで気づかなかったことや、見えていなかった真実の一端が明らかになることではないだろうか。

 振り返れば、東日本大震災のように、一度大地震が起こり、都市が大規模に破壊されれば、それをどうやって復興するかという課題をめぐって一大復興会議が開かれ、国民は固唾(かたず)をのんでその議事に注目した。これに対して、新型コロナのような感染症には、誰の目にも明らかなピークがあるわけではない。後から振り返れば今回がピークだと言うことになるのかもしれないし、これからまだまだ厳しい感染者激増があるかもしれない。だからこそ、一大復興会議とまではいかないとしても、一大有識者会議で、折に触れて、洗いざらいを議論してみるような場が必要なのである。今はまさにそのときである。