休校が子供たちにもたらした変化とは スイス、学校に通う意義を見失った生徒も【世界から】

再開後、学校は入口と出口を完全に分けた。そして、地面にはソーシャルディスタンス(社会的距離)を取るため、2メートルおきに黄色いテープが貼られている=中東生撮影

 スイス政府は3月16日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて非常事態を宣言し、食料品や薬局、ガソリンスタンドなどを除く店舗の営業を全土で禁止すると発表した。当時、スイス国内の感染者は約1700人で死者は14人だったが新規感染者が急増するなど悪化していた。非常事態宣言は感染者増加による医療崩壊を回避することが目的だった。

 新規感染者の増加率が落ち着いたため、4月27日から非常事態宣言に基づく制限は段階的に緩和されることになった。これを受けて、休校となっていた幼稚園と小中校は5月11日、高校は6月8日に再開された。今回の休校によって生じた課題は多い。中学生と高校生の子どもがいる筆者が感じたことを紹介したい。(チューリヒ在住ジャーナリスト、共同通信特約=中東生)

 ▽予定が把握できない

 安倍晋三首相は2月27日に突然、全国の小中学校、高校などを臨時休校にすると発表した。このことをニュースで知った筆者は、数週間後に自分が住むスイスでも同じ事が起きることを想像できなかった。それもそうだ。この時点でスイス国内の感染者数は10人に満たなかったのだから。

 3月に入り、隣国のイタリア全土で学校閉鎖が始まった時も「オーバーシュート(爆発的患者急増)が起きているのだから仕方がない」と、どこか人ごとだった。

 一方、スイス政府の対応は迅速だった。休校が始まった16日の翌日にはインターネットでビデオを見て問題を解くなどの試みが導入された。そして、27日以降にはオンライン授業を開始したのだ。

 初めてのことなので当然、トラブルも起きた。生徒たちが最も苦労したのがやるべき課題や予定の把握だった。

 学級担任がほぼ全ての教科を受け持つ小学校はそうでもなかった。大変だったのは中学生だ。スイスでは教科だけでなく3段階ある生徒のレベルに合わせて教師が変わる。それゆえ、与えられる課題も違ってくる。筆者の子どもが通うチューリヒ市内の公立中学校が発表した1週間の学習予定表を印刷すると約10ページにもなった。

 加えて、予定がしばしば変更されるのだから困る。オンラインテストやクラスミーティングなどの変更に子どもが気づかず、欠席してしまうことは何度もあった。

 混乱を重く見たチューリヒ市は、米マイクロソフトが提供する情報共有アプリ「Teams(チームス)」を使って管理することにした。

5月11日にテーブルの間隔を空けて営業を再開したスイス・ジュネーブの飲食店(共同)

 ▽「きつかった」

 「エープリルフールのジョークではないよ」。ある日、学級担任からこんなタイトルのメールが届いた。読むと、チューリヒ市から全校生徒へ同社のサービス「オフィス365(現マイクロソフト365)」を配布するのだという。しかも、生徒1人につき5台の機器に無料でダウンロード出来る。これで、子どもだけでなく親も予定や課題の有無などを容易に把握できるようになった。

 オンライン授業のやり方も見直された。当初はビデオ会議アプリ「Zoom(ズーム)」を用いていた。しかし、情報セキュリティー上の欠陥が見つかって利用を禁止する国が出てくると、安全とされるチームスに置き換わった。

 だが、オンライン授業の評判は芳しくなかった。「授業が分かりにくい」「質問がないのに、ずっと画面の前に座っているのは苦痛」「全員に注目されている気がして、挙手しにくい」…。生徒たちからはこんな声が上がっている。

 ストレスを感じる生徒も少なくなかった。慣れないオンライン授業に加え、大量の課題が押し寄せてくる。わが子も課題提出の締め切りに追われ続けることに疲れていた。友達と自由に交流できないため気持ちが解放できず、余裕がなくなっているようにも感じた。

 その姿を間近で見ている筆者も心配で気が気でなかった。親が在宅勤務出来ない家庭では留守にしている間、子どもがゲームをし続けて勉強をしないことも問題になった。休校期間について友人に聞くと口をそろえて「きつかった」と話した。

再開した小学校のエントランスロビーに掛けられた垂れ幕。「歓迎。君たちがまたここにいるのっていいね」と書かれている=中東生撮影

 ▽成長した部分も

 学校再開後も問題が起きた。わが子が一人で勉強することに慣れてしまった結果、登校する意義を見つけられなくなったのだ。スイスでも他人との距離を保つことを目的に分散登校となっている。仲が良い友達が別のグループになってしまったのも原因のようだ。午前中に登校するのは週2、3日だが、早朝起こすのにも一苦労する。わが子と同じように、重い足取りで登校している生徒を目にすることも珍しくない。

通学路の階段にも2メートルおきにテープを貼っている。登下校時もソーシャルディスタンスを意識できるようになっているのだ=中東生撮影

 就学年齢に達して以降、子供たちにとって学校に通うのは当たり前のことだった。それが休学になったことで一変した。学校へ行かなくても勉強できるという「新たな世界」を知ってしまったのだ。そんな生徒たちの意識を修正するのは容易ではないだろう。

 だが、子供には大人の想像以上に順応力があるようだ。開校してしばらくすると、前向きになっていった。具体的には「クラスが半分の人数の方がみんなの仲が良くなった」や「授業に集中できるようになった」「高レベルのクラスに上がれるよう頑張る」などといったポジティヴな言葉を口にするようになった。そして、今週からいよいよ分散登校が終了し「通常通りの授業」に戻った。

 振り返ってみると休校期間中は悪いことばかりではなかった。一緒に過ごす時間が多くなったため、子どもが学習において苦手としているものが分かった。予定を管理することもできるようになった。何より「学校に行っていれば良いんだ」という意識が変わったことが大きい。十分とは言えないものの、自ら課題を見つけ学ぶようになったことはうれしい成長だった。

 休校を経験した子供たちの心には良いことも悪いことも含めてさまざまな変化が起きている。遅れている履修科目のケアだけでなく、精神的なサポートも含めて長い目で子供に寄り添っていく必要があることは言うまでもない。筆者もそのことを忘れず、わが子と接していきたい。

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