阪神エース藪恵壹氏の“神童伝説” 小学3年で6年チームに加入した少年時代

阪神、MLBなどで活躍した藪恵壹氏【写真:佐藤直子】

小学生の頃は二塁手として活躍、捕手転向話も「プロテクターを着けるのが嫌いで」

【私が野球を好きになった日23】
本来ならば大好きな野球にファンも選手も没頭しているはずだった。しかし、各カテゴリーで開幕の延期や大会の中止が相次ぎ、見られない日々が続く。Full-Countでは選手や文化人、タレントら野球を心から愛し、一日でも早く蔓延する新型コロナウイルス感染の事態の収束を願う方々を取材。野球愛、原点の思い出をファンの皆さんと共感してもらう企画をスタート。題して「私が野球を好きになった日」――。第23回は阪神や楽天、メジャーでも活躍した藪恵壹氏だ。

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野球選手の多くがそうであるように、藪氏も「物心ついた時から野球はしてましたね」と話す。小学生の頃は、巨人・王貞治選手の全盛期。「ベーブ・ルースやハンク・アーロンの記録を破る時で、一番見ていたのは王さんですね」と振り返る。

後に阪神のエースとして活躍するが、子どもの頃は王選手を見たさに巨人戦ばかり見ていたという。プロ入り後、憧れの“王選手”に幾度となく挨拶するタイミングがあった。それでも「遠巻きに挨拶をするくらい。子どもの時のままのイメージでいてほしいというか……(笑)」と憧れが強すぎて、挨拶以上は踏み込めなかった。

本格的に野球を始めたのは小学3年生の時。地元の少年野球チームへの入団が許可された時だった。だが、小学1年生の誕生日にバットとグラブをプレゼントされ、そこから1人で黙々と自主練習を続けたという。

「チームに入る前、2年くらい1人で練習してました。家の前にブロック塀があって、毎日そこに向かってボールを投げて、下は砂利だからボールはイレギュラーするしね。軟式ボールなんで1週間もしたら凹凸がなくなってツルツルになっちゃうんですよ。そんなボールが今でも実家に10個くらいあります。ガラスを割ったり、植木鉢を割ったりもしましたね(笑)」

猛練習の甲斐があって野球の技術はメキメキ上達。チームに入団した時は3年生だったのに、6年生のチームに振り分けられた。「僕、ちゃんと覚えてますけど、3年生の時に初打席初ヒット。ライト前でした」と、上級生の前でも臆せず。ちなみにこの頃、「小っちゃくて、チャカチャカ動くタイプだった」という藪少年は、二塁手だった。

「4年生まで二塁で、5年生で肩を強くするためにキャッチャーをするように言われたんですよ。でも、プロテクターを着けるのが嫌いで。そうしたらレフトを守っていた6年生がプロテクターを着けたいって言い始めて、今度はショートをやっていたキャプテンが外野をやりたいと。僕はショートがやりたかったので、上手い具合に三角トレードが成立したんです」

心残りとなった高校最後の試合「あれは絶対に勝たなきゃいけない試合だった」

ピッチャー転向は中学2年の時だった。それまで転向の誘いもあったが「ピッチャーが嫌でやらないって言ってたんです」。藪氏の父も「骨ができてないから肘を痛めたり肩を痛めたりするだろうって考えがあったのか、小学生の時は僕にはピッチャーをやらせないって監督と喧嘩してましたよ」というほどだったが、秋の新人戦の前にエース左腕が故障。やむなくマウンドに立つと、3年生の春先に1回、練習試合で負けただけで「22連勝くらいしました」。夏の中体連では準優勝し、東海大会にまで駒を進めた。

長い野球人生を振り返った時、心残りの試合が1つある。それが新宮高校3年生の夏、和歌山県大会の準々決勝で戦った和歌山県立桐蔭高との試合だ。

「あれは勝たなきゃいけない試合でしたね。桐蔭には鹿島君っていうスライダーのいい2年生がいて、いい試合だったんです。8回を終えて0-0の同点。こっちは5安打で、僕は8回まで2安打に抑えていたんです。でも、9回にパンパンと2本ヒットを打たれて0-1でサヨナラ負け。桐蔭は勝ち進んで甲子園に出ましたからね。あれは絶対に勝たなきゃいけない試合だったな」

野球を続ける中で「理不尽なことはいっぱいありましたよ」と言うが、今でも野球は切っても切れない存在だ。解説者として活躍すると同時に、各地の野球教室や講演会に出向き、野球の普及に努める。そんな時、保護者に向けて言うことがあるという。

「落ち着きがない子は野球をやらせて下さい、野球に向いてますよって言います。僕は小学校の6年間、ずっと落ち着きがないと言われていましたから。でも、野球の試合中は落ち着いている暇はない。いろいろなところに目配りをしておかないと、隙があったら先の塁を狙おうという競技ですから。だから、子どもが落ち着きがないって心配している親御さんには言います。野球に向いてますよって」

日本球界はもとより、メジャーとマイナーの米球界、メキシコ球界も知る藪氏が言うのだから、間違いはないはずだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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