大阪・泉佐野の食堂、緊急事態下であえて開店した理由 コロナ対策を徹底、過剰な自粛に「信頼」で対抗

By 助川 尭史

「お魚食堂こたや」店主の中田邦裕さん

 新型コロナウイルスの流行で客足が遠のき、窮地に立つ飲食業界。全国に緊急事態宣言が発令され、休業に入る店が続出していた4月にあえて新規開店し、現在も行列が絶えない食堂が大阪府泉佐野市にある。宣言解除後も再開に二の足を踏む店もある中、なぜオープンに踏み切ったのか。その理由に迫った。(共同通信=助川尭史)

 6月上旬の昼下がり、大阪湾に浮かぶ関西空港を望む泉佐野漁港の一角にある「お魚食堂こたや」の前では、ワイシャツ姿のサラリーマンや近所から訪れた主婦たちが、間隔を空けながら行列を作っていた。潮風がそよぐ店内に入るには、手洗いと検温が必須だ。対面にアクリル板が設置された客席では老若男女が地元産の海鮮に舌鼓を打っていた。大阪市から家族で訪れた喜島淳一(きじま・じゅんいち)さん(42)は「家族で外食は久しぶり。対策がしっかり取られていて安心感がある」とこぼれんばかりに盛られたしらすといくらを豪快にほおばった。

家族で訪れた客

 泉佐野市で水産会社や居酒屋を経営する店主の中田邦裕(なかた・くにひろ)さん(43)は1月から出店準備を始め、家族で気軽に大阪湾の海の幸が楽しめる食堂をコンセプトに店の工事や従業員の採用を進めてきた。だが、コロナウイルスの流行は日に日に拡大し、飲食業界には営業時間の短縮や利用の自粛要請など逆風が吹き荒れた。

 中田さんの周囲でも開業延期を勧める声は多かった。だがすでに従業員を雇っており、国や自治体からの補償は見込めない。「黙って待っていてもいつ終息するか分からへん。それなら対策を徹底してやってみよう」と、緊急事態宣言下の4月21日にオープンすることを決断した。

お魚食堂こたや。客が間隔を空けて行列を作っていた

 開店に当たり、来店客用の手洗い場を新設し、検温で37度以上の場合には入店を断るルールを導入。要請に従って夜間の営業時間を短縮した代わりに、当初はなかった持ち帰りメニューを充実させた。大型連休中には1日300人近くの客が訪れたが、コロナ対策で席数を減らした影響で料理の提供がスムーズになり、客の回転率が上がる思わぬ効果もあった。「感染防止策が店の運営改善につながることもあると勉強になった」と感じた手応えを振り返る。

 開業から1カ月がたった5月21日、中田さんの姿は市内の拠点病院のりんくう総合医療センターにあった。新型コロナウイルスの対応に追われる同センターでは、感染防止のため職員が気軽に外に昼食を取りに行けない状況が続く。こたやでは開業当初から医療従事者の持ち帰りを3割引きとしていたが、窮状を聞きつけ、職員全員分に当たる人気メニューの「アナゴ丼」(950円)の無料引換券約千枚を寄付した。中田さんは「今まで地元に助けてもらって商売できた。こんな時だからこそ恩返ししたい」と力を込める。

りんくう総合医療センターの八木原俊克(やぎはら・としかつ)理事長(右)に次男の虎太朗(こたろう)君とともに、アナゴ丼の引換券を手渡した中田さん

 休業要請が解除されたからといって、出店前に想定していた観光客や団体の宴会の受け入れは当面難しい。対策を徹底してもリスクをゼロにはできないという思いもある。それでも今後ドライブスルーの導入を予定するなど、できる限り営業を続けていくつもりだ。「過剰な自粛ムードに勝つにはお客さんや地域の信頼を得るしかない。これからもやれることは全てしていきます」

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