「マスクかけぬ命知らず!」100年前から着用推奨

日本に根付く文化、新型コロナにも効果?

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スペインかぜ流行当時にマスクの着用を呼び掛けるポスター(内務省衛生局著「流行性感冒」より)

 新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るい、感染予防に役立つとされるマスクにかつてないほど注目が集まっている。一時、国内のドラッグストアの商品棚から姿を消し、各国が輸出制限するなど、入手困難に陥った。今月に入り、世界保健機関(WHO)が、人との距離が取りにくい状況での着用を推奨するなど、必要性はさらに高まる。日本は元々、マスク着用に抵抗がなく、海外からは「新型コロナの死者が抑えられた要因の一つでは」との声も。歴史をひもとくと、1918年から世界的に大流行したスペインかぜでは、当時の日本政府が国民への注意喚起に使ったポスターの標語で「マスクをかけぬ命知らず!」とうたっていた。日本の「マスク文化」の歴史を探った。(共同通信=杉田正史)

 ▽輸入品「呼吸器」

 「国産最古の大衆向けマスクです」。現物を示しながらその機能性について説明してくれたのは、北多摩薬剤師会(東京都)の会長を務めている平井有(ひらい・たもつ)さん(68)。日本でも有数の医薬品コレクターだ。

国産最古とみられる大衆向けマスク

 平井さんによると、日本のマスクの歴史は輸入品の「呼吸器」に始まり、陸軍軍医の初代総監、松本順(まつもと・じゅん)が広めたとされている。工場や炭鉱などの労働者が粉じんを吸い込まないようにするのが目的で、真ちゅうの金網で形をつくり、布を張り付けていた。その呼吸器が1879年ごろから、一般大衆に浸透していったという。

 「銅や銀といった金属は抗菌作用のメリットがあるが、重い上に息でさびる欠点もあった」。実際に持ってみると、確かに重量感があり、長時間の使用は難しかっただろう。

国内有数の医療品コレクターの平井有さん

 ▽紳士、女性向けも

 第1次世界大戦中の1918年から始まったとされるスペインかぜは全世界で推定4千万~1億人が命を落とし、日本でも約38万人が死亡した。流行の第1波より第2波の方が致死率が高かったという。マスクが広がりつつあった日本では、当時の内務省などが「マスクとうがい」「『テバナシ』に『セキ』をされては堪らない」といった感染予防を呼び掛けるポスターが出回った。

感染予防を訴えるポスター(内務省衛生局著「流行性感冒」より)

 それに伴い、金属製だけでなく、成形しやすいセルロイド製や見た目を重視したビロード製など多種多様なマスクが登場した。商品のパッケージも、スーツを身にまとった紳士、カールがかかった髪の若い女性などターゲットに合った絵柄に変化した。

 一方で、こうした商品は使い捨てでなく、手が込んだ作りで「今の価格で数千円程度と高価なものだった」(平井氏)という。〝高根の花〟だったマスクを身近にしようと、「簡単に作れる新しい呼吸器」などの見出しで、手作りの方法を当時の新聞が記事で紹介していた。

紳士用マスク(下)と女性用マスク

 「まず鉄線または銅線を卵形に曲げて骨組みをして、この上にガーゼ1枚を着せる」など丁寧に作り方を示し、「商店で販売する普通呼吸器は値段も高く、長時間使用すると苦しくなるが、(手作りの)呼吸器なら呼吸をするのも楽でせきも容易」と記している。まるで、新型コロナでマスク不足が相次ぐ中、政府の調達品に頼らず、市民が工夫して乗り越えようとした現代に通じるものがある。

 ▽防寒、ファッションに

 スペインかぜの流行をきっかけに、日本人にとってマスクによる感染予防が習慣化していったとされる。そうした中で第2次世界大戦が始まり、「ぜいたくは敵だ」の号令の下に金属やセルロイド、皮などは貴重な物資として戦場に送られた。結果として、ガーゼそのものにひもが付いた簡易的なマスクが大勢になる。戦争が終わり、50年代後半から現在主流の不織布の流通が始まり、20年くらい前から一般的なマスクになり始めたようだ。

戦争に入り、簡易化したマスク

 時代は流れ、紫外線カットや小顔に見えるマスクのほか、デニム素材が登場するなど、機能性だけでなく、見た目重視や多機能が求められるようになった。欧米などでは、マスクは病人がするというイメージが強いが、日本人は感染予防に加え、防寒対策やファッションの一つと捉えるなど生活になじんでいる。

 平井さんは「日本人は古くは神事の際に和紙などを口に挟んだり、江戸時代には頭巾や覆面をかぶったりと口を覆う行為には抵抗がなかった。近年では花粉症予防でマスクの着用が広く浸透している。今回の新型コロナでは、こうした文化を背景に感染拡大を抑えられたのかもしれない」と話した。