なぜ『007』シリーズは成功し続けるのか? 製作者の大いなる賭けと “リスク許容度”

『007/ムーンレイカー』地方限定版パンフレット/筆者私物

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リスクを恐れぬ心意気こそが『007』シリーズの原動力!

2022年には還暦を迎えようとする映画『007』シリーズ。長寿が故に安定思考と思われがちだが、ブロッコリ・ファミリーを中心とした製作サイドはこれまで何度も困難な局面に遭遇し、時には多大なリスクを負ってシリーズの存続に成功してきた。

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There needs no other introduction #JamesBondDay

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金融の世界では「リスク許容度」という専門用語が使われる。個人の資産(ポートフォリオ)において将来のライフスタイルを考えながら、その資金の一部を価格リスクのある金融商品に投資する。その際どこまでリスクを許容するのか、という考え方だ。ヘタをすると手持ちの資金がスッカラカンになってしまうので注意が必要である。しかし平々凡々な人生も結構だが、リスクのない生活は実に味気ない。ましてや我々の(なけなしの)貯金を崩す話ならともかく、ファンタジーの世界ならば多少の危険も許されるだろう。

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“You’re not thinking that…” “I sure am boy!” THE MAN WITH THE GOLDEN GUN opened today in 1974. #JamesBond #RogerMoore #TheManWithTheGoldenGun

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『007』シリーズの製作会社<イオン・プロ(EON Productions)>には「Everything or Nothing」、つまり前作で儲けたお金をすべてつぎ込んで一文無しになってもいいからファンが求める作品を作り続ける、そんな願いがこめられている。私は『007』シリーズほどリスク許容度の高いシリーズはないと思っている。リスクを恐れぬその心意気こそが、今日まで映画ファンを魅了してきた原動力に違いない。そして、その精神は映画を見る側である我々ファンにも参考になるはずだ。

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A Union Jack parachute. A metal-toothed assassin. A submersible Lotus Esprit. THE SPY WHO LOVED ME started filming today in 1976. What is your favourite moment?

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シリーズ安定化の一方で世相を巧みに反映した作風の変化にも注目!

一般的にシリーズ/キャラクターは、それが当たり役であればあるほど俳優交代に伴うリスクが増大する。ショーン・コネリーが『007は二度死ぬ』(1967年)を最後に一旦ボンド役を降板して製作者を大慌てさせたのは有名な話だ。

そして、今でこそ次作の『女王陛下の007』(1969年)は若々しいジョージ・レーゼンビーのラブストーリーとしてファンの間で評価されているが、公開当時の評判は散々だった。新人役者を起用してリアリズム溢れるアクション・ロマンス映画に路線変更した決断は製作者にとって大いなるリスクであったはずだ。それが一時的な失敗であったと見なされたのはシリーズの不幸な歴史ではあるが、一作だけの伝説的な二代目ボンドの活躍を半世紀を経て評価するファンが多いことも見逃してはならない。

『007』シリーズは同じ役者を長期間起用して安定化を図る一方、当時の世相を巧みに反映して毎回のように作風を変えていることにも注目すべきだ。米ソの冷戦を描いた1960年代、黒人のブラック・パワーが台頭した『007/死ぬのは奴らだ』(1973年)、ブルース・リー登場による世界的なカンフー・ブームを反映した『007/黄金銃を持つ男』(1974年)、南米の麻薬戦争を背景とした『007/消されたライセンス』(1989年)などは当時の雰囲気を感じさせる格好のテキストといえる。そこにボンド役者の交代も絡むのだから、関係者の負うリスクは相当なものだ。

宇宙レベルのボンド愛! ファンとしてのリスク許容度は海より深く空よりも高い

そして製作サイドのリスク・テイクが頂点に達したのが『007/ムーンレイカー』(1979年)だった。ロジャー・ムーア演じる三代目ボンドはNASAの訓練を終えた美貌のCIAエージェント、グッドヘッド博士とともにスペースシャトルに乗り込んで大気圏外へ。そして全人類抹殺の野望を目論むドラックスと宇宙ステーションで闘う。荒唐無稽も甚だしく、もはやスパイ映画と呼ぶことはできない。破格の3000万ドル(当時の為替レートで60億円相当!)という巨額の製作費を投じた本作は、当然に『スター・ウォーズ』(1977年)など当時のSF映画ブームを意識したものであっただろう。

しかし、この映画はサイエンス・フィクション(SF)ではなくスペースシャトル計画を先取りするサイエンス・ファクト(科学的事実)である、と『007』シリーズのプロデューサー、カビー・ブロッコリ(※アルバート・R・ブロッコリの愛称)は当時自信満々に語っている。このように虚構の物語に現実世界で起きている事象を巧みに盛り込むのが『007』シリーズの真骨頂だ。ボンドが宇宙に行くなんて、という雑音をはねのけて映画は国内外で大ヒットした。ブロッコリの決断はまたしても正しかったと証明されたわけである。

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Today in 1909, Albert R. “Cubby” Broccoli, the creative legend behind the James Bond film series, was born. Here he is on the first day of shooting of LICENCE TO KILL with a clapperboard with the film’s original title.

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そして1960年代前半の『007』ブームに続く1970年代後半の熱狂的な第二次『007』ブームの真っ只中に、当時中学二年生だった私がいた。『ムーンレイカー』に魅了されて40年が経過したが、その間ボンドのことを考えなかった日は一日もない。この作品に出会ったからこそ、私のボンドファンとしてのリスク許容度は海より深く、空よりも高いのだ。何でも許せるボンド愛はもはや宇宙レベルといえる。

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Roger Moore strikes a pose for the poster campaign for MOONRAKER (1979). This photoshoot was used as a reference by the poster artist Dan Goozee. The final poster had Bond wearing a tuxedo under the space suit.

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私は10年以上ブロガーとしてちょっとマニアックな視点で『007』シリーズを研究している。『007は二度死ぬ』のロケ地(鹿児島県南さつま市坊津町秋目)で2017年に開催された<秋目サミット>にはファン代表の実行委員として参加した。世界中の『007』ファンに注目されたこのイベントは、私のボンドファン人生でも忘れ得ぬ思い出のひとつだ。この作品にニンジャや宇宙ロケットが出てきたのは、その許容度と無縁ではあるまい。

ちょっとだけ映画鑑賞のリスク許容度を上げてみよう! そこに新しい発見があるはず

私は製作サイドに限らず、映画ファンにもリスク許容度が求められると考えている。決して安くはない映画代金を支払ったのに面白くない映画に遭遇すると、金銭的にも時間的にも損をしたと感じることがあるだろう。フランス映画しか見ない、韓流映画が大好き、好きな映画ばかり繰り返し見る、ミニシアター系を支援したい、など映画を見るスタンスは人それぞれ。

しかし、ここでちょっとだけ映画鑑賞のリスク許容度を上げて、普段見ないジャンルにチャレンジするのはいかがだろう。どんな映画でもそこに新しい発見があるはずだ。魅力的な俳優を発掘できたり、実生活に使えそうな知識を得られたり、密かに思いを寄せるあの人と意外な共通点が見つかるかもしれない。

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“If all that was left of you was your smile and your little finger, you’d still be more of a man than anyone I’ve ever met” – Vesper Lynd.

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今となっては信じられないが、六代目ボンドのダニエル・クレイグを起用したのも当時は製作者にとって大きな賭けであった。大成功を収めるには時にEONの精神で大きなリスクを負わねばならないという好例であろう。皆さんも半信半疑でよいから映画鑑賞におけるリスク許容度をちょっとだけ上げてみよう。ボンドファンの方は『ムーンレイカー』を見直してみよう。見終わった頃には必ずや新しい発見に小さな喜びを感じているはずだ。

文:村井慎一(ボンド命)

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『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年6月ほか放送

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は2020年11月20日(金)より公開

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