検察庁法改正反対論に反対|高池勝彦 検察官の人事について、内閣の関与を許さず検察庁独自で決定することになれば、それこそかつていはれた「検察ファッショ」になりかねない。今回の議論は、戦前の統帥権干犯問題との類似性がある。

検察官の定年延長を可能とする検察庁法の改正案が国会に提出されたことについて、反対意見がネットで拡散し、多くの芸能人なども反対し、ネットが炎上したと伝へられてゐる。全国38の弁護士会が会長声明で反対し、5月11日には日本弁護士連合会(日弁連)が反対の会長声明を出した。

今回の改正案は、「三権分立を揺るがすおそれがある」(日弁連会長)とか、「違法があれば総理大臣すら逮捕できる検察庁の幹部人事を、内閣が恣意的にコントロールできるといふ大問題。どさくさ紛れに火事場泥棒のやうに決められることではない」(5月11日、衆参予算委員会における立憲民主党の枝野幸男代表の発言)といふが、そのやうな大問題ではない。

理解苦しむ日弁連の反対

今回の改正案の重要な点は二つある。一つは、現在、検事総長が65歳、その他の検事は63歳となつてゐる定年を一律に65歳とすること、二つ目は、検事総長を除き、次長検事、検事長、検事正などの役職検事は、63歳になると役職定年といつて平検事となるところを、内閣が必要と判断した場合は65歳、場合によつては66歳まで役職定年を延長できるとしたことである。

これらは、いづれも国家公務員法の規定に適合させたもので、前者については日弁連も反対はしてゐない。しかし、後者については、内閣が自分の気に入つた者の定年延長を図り、政治的に中立でなければならない検察庁をコントロールしようとしてゐるとして日弁連は反対してゐる。

今年1月、政府は閣議決定で、黒川弘務東京高検検事長に国家公務員法を適用して勤務延長をしてゐるが、反対論者は、今回の検察庁法改正をその追認であるといふ。今回の改正案が成立したとしても施行は2年先であるから、黒川氏に改正案が適用されるわけではない。しかし、黒川氏の勤務延長が議論を呼んだところから、安倍内閣はそれを正当化するために、この改正案を提出したから反対だといふのである。

議論ではなく政争だ

そもそも検事は行政機関である法務省の職員であり、従来、検事総長などは内閣が任命することになつてゐるのであるから、内閣が場合によつては任期を延長したからといつて三権分立を揺るがすなどといふやうな大問題ではない。それどころか、検察官の人事について、内閣の関与を許さず検察庁独自で決定することになれば、それこそかつていはれた「検察ファッショ」になりかねない。

今回の議論は、戦前の統帥権干犯問題との類似性がある。統帥権干犯問題は、1930年のロンドン海軍軍縮会議で妥協した案に反対した軍部の一部と結託した政党政治家が、軍縮を認めることは天皇の統帥権を侵害するものであるとして大問題に発展させ、その後の憲法解釈をゆがめる結果になつたのである。

幹部検察官の定年延長の必要性について内閣の裁量をどの程度認めるべきか、粛々と議論すべきであり、問題を大きくして安倍内閣批判と結び付けようとするのは、議論ではなく政争と言ふほかない。 (2020.05.18 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

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