中国人は苦境でもなぜ焦らないのか 新型コロナに襲われた北京で考えた【世界から】

夕方の帰宅ラッシュの時間帯、マスク姿の市民らで混雑する北京市内=5月14日(共同)

 北京では東京より約2カ月早い3月下旬に新型コロナウイルスの流行が落ち着いた。日常生活も時間をかけて慎重に戻りつつある。一方、感染拡大防止のために休業せざるを得なかった業種は依然として深刻な状況が続いており、旅行会社や飲食店、映画館などを中心に中国全土で大量倒産が起きている。失業した人も多い。

 商売や仕事を再開できた人も苦境に立たされているが、不思議なことに暗さや焦りは感じられない。彼らはなぜ落ち着いていられるのだろうか? 疑問を解くべく、北京の人々に話を聞いた。(北京在住ジャーナリスト、共同通信特約=斎藤じゅんこ)

  ▽やるしかない

 住宅街の小さなマーケットの一角で手打ち麺やギョーザの皮を売る30代の李さんは、7週間も店を閉めていた。再開して2カ月たつが、売り上げは激減している。主な取引先だった近所の小規模レストラン3軒が相次いでつぶれたためだ。

 「政府の補償? そんなものは何もない。だから、生活していくのでやっとだ。確かに厳しいが何とかなる。今はこつこつやるしかない」

 李さんが淡々と話す。

 6週間、売り上げがゼロだったという居酒屋の男性店主は「家賃についての補償もなかったから正直きつい。でも、店を再開できた。やるしかない」と力を込めた。

休業が続き、シャッターを閉じたままの店舗。以前はこんな風景が広がっていた=3月13日、北京(共同)

 ▽前向き

 南極、北極以外は全て訪れたことがあるという旅行業歴20年の王さん(49歳)。現在勤務しているのは大手旅行会社なので減給などはない。しかし、同業者たちの境遇は厳しい。元の給与から2割程度まで減額された人や自宅待機を命じられたものの無給の人は珍しくない。会社が倒産してしまった人もいる。

 結果、保険業など他業種へ転職する人が続出している。無料通信アプリLINE(ライン)の中国版である「微信(ウェイシン)」で化粧品やフルーツなどを販売し始める人も増えた。

 「旅行業界はコロナで壊滅的打撃を受けた。将来は灰色」と嘆く。だが、前向きだ。「これまでに積んだ経験を生かして、新しい仕事ができないか模索している。大好きな日本で、中国ではまだ知られていない地方への旅行ツアーを企画したい。高齢者施設の関係者を対象とした研修事業をドイツで企画したい。他にも(中国南部にある)海南島のホテル経営参画の話など、本当にいろいろあるのよ。他にもね…」

 饒舌(じょうぜつ)に語る姿からは、自身が働く観光業が直面している深刻さを感じることはできない。

  ▽生きていればどうにかなる

 中国では予測不可能なことがしばしば起きる。総合病院の一角を借りてクリニックを運営する漢方医の張さん(45)も予測不可能なことに出くわした一人だ。

移転したクリニックで診察に当たる張さん=筆者提供

 以前は別の場所で経営していた。しかし、政府の指導を受けて、2カ月間休診することに。収入がないにかかわらず、その間も家賃とスタッフの給与を支払い続けた。張さんが負担した総額は20万元(約300万円強)にもなった。

 4月にようやくクリニックを再開した。喜んだのもつかの間、驚くべきことが起きた。大家が突然、退去を求めてきたのだ。

 「何の前触れもなく『明日から水道・電気を止める、出て行ってくれ』と言われた。いろいろ交渉したものの、らちが明かない。これからどうなるのだろうと思い、涙が出そうになった」。張さんが振り返る。

 だが、張さんはくじけなかった。すぐに動きだした。事情を知って駆けつけた友人たちの助けもあって、2週間後には現在のクリニックで診察を始めてみせた。

 現在の受診患者数は感染拡大前と比べ約4分の1にまで激減している。それでも張さんは「ぜいたくはできないけど、食べてはいける。(政府の強制閉鎖措置は)大変だったけど、新型コロナウイルスが制圧される方がまし。何より、生きていればどうにかなるしね」と落ち着き払っている。

 ▽挑戦

 祝さん(36歳)が北京で経営する5店舗のスポーツクラブは5月末までの4カ月間、閉鎖していた。1カ月の減収額は60万元(約900万円)以上。だが、高額なテナント代と20人いるトレーナーへの給与は支払わなければならない。倒産も考えたが、あきらめなかった。自分のマンションを抵当に入れて運転資金を銀行から借りた。

オンライン授業用の画像を撮影する祝さん=筆者提供

 苦境を乗り越えるために祝さんは2月からレッスン動画の配信を決意した。手始めに動画投稿アプリ「ティックトック」で無料動画を配信。好評だったため、有料クラスを開始した。5月までの売り上げは1カ月の減収分に相当する60万元(約900万円強)に達した。新たな事業として独り立ちしたといえる。

 「本当に大変。(借金のことを思うと)焦って心配になることもある。それでも、オンライン授業など新たなビジネスチャンスにもつながった。新型コロナの流行で健康への関心も高まったし、これまでの事業に足りなかったものも分かった。6月からは通常営業に戻ったので大丈夫」

 熱く語る祝さんの表情に暗さはない。

 ▽助け合い

 粘り強さ―。彼らの話を聞きながら、頭に浮かんだのはこの言葉だった。彼らは困難や不確実な未来に「慣れている」。1960年~62年には大飢饉(ききん)に苦しみ、67~77年に起きた文化大革命に翻弄された。そんな多難な時代を生きた親の世代の記憶が受け継がれているからなのだろう。これが、諦めることなく自分で何とかしようと頑張る気概につながっているように思える。

 慣れてしまうほど困難が多いのは、本来ならば不幸なことだ。しかし、今回のような危機では違ってくる。中国人を下支えする「免疫力」や「筋力」として困難を乗り越える強力な後押しになっているように見える。

 濃厚な人間関係から生まれる助け合いも無視できない。以前と比較すれば薄まっているとはいえ、家族や友人の絆というインフォーマルなセーフティーネットは今も機能している。具体的には、家族の面倒やお金の貸し借り、人の紹介、さらには精神的サポートなどだ。中国では誰もがこのような「つながり」を持っている 。

 張さんの例を見るまでもなく、今回のコロナ禍に際してもこの「つながり」が大活躍した。

 中国では家族や親しい友人が困っている時に役に立てない人を「ダメな人間」と見なす文化がある。その人が社会的に成功していても関係ない。こうした濃厚な人間関係が作り出す互助の精神は、中国社会の柔軟さや強靱(きょうじん)さを支える隠れたインフラと言える。

 新型コロナウイルスという災厄に見舞われても中国人が泰然としていられる背景には、環境によって培われた気概に加えて人々のつながりの強さがありそうだ。

故宮博物院が再開し、間隔を空けて入場の列に並ぶ観光客=5月1日、北京(共同)

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