JAL再建の専門家が見るコロナ後の航空業界 再生阻む構造的な課題、求められる変容

羽田空港の駐機場に並ぶ多くの旅客機=4月30日午後(共同通信社ヘリから)

 新型コロナウイルス感染症が、世界の航空業界を直撃している。国内各社も、移動制限で大規模な減便を強いられ、大幅減収は避けられない。新型コロナをきっかけに進んだリモートワークなど新しいビジネス様式は、今後の航空需要にも影響を与えそうだ。「JAL再生タスクフォース」のメンバーとして、日本航空の再建に取り組んだ経営コンサルティング会社「経営共創基盤」社長の冨山和彦氏は、その特性から航空ビジネス再生の難しさを指摘する。航空会社が乗り越えなければならない課題と、今後の展望を解説してもらった。

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 ▽窮地に陥った航空業界

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、世界中で渡航制限が行われ、航空需要が激減している。ヴァージン・オーストラリアの経営破綻、タイ国際航空の会社更生手続き、さらにはドイツのルフトハンザに対しては日本円にして1兆円規模の公的資本注入が行われている。

 日本の航空会社も例外ではない。2019年度の第4四半期では、ANAホールディングスの営業利益がマイナス588億円、日本航空はマイナス195億円となった。

 渡航制限が本格的にかかった2020年4月には日航・全日空の4月の旅客キロ(旅客数×輸送距離)は前年比で90%を超える減少と非常に厳しい状況だ。収入がほぼ見込めない中、日航・全日空ともに人件費や機材などの固定費で月々数百~1千億円がキャッシュアウト(現金流出)すると言われている。

ピーチ・アビエーションの航空機内を消毒するスタッフ=6月5日、関西空港

 筆者が再建に関わった約10年前の日航の経営破綻も、背景には2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の世界的流行によって国際線の搭乗率が下がったことがある。そこに2008年のリーマン・ショックが追い打ちをかけた。今回ほどの極端な需要激減ではなかったとは言え、国際線比率が高く、もともと過剰設備、過剰路線、過剰人員による高い固定費に悩み、財務体質が悪化していた日航を破綻に追い込むには十分だった。

 当時の日航と比べると、現在の日航・全日空ともに経営体質ははるかに健全だ。それでも新型コロナは両社の経営を圧迫し、あまりに厳しい危機を招いている。

 ▽再生阻む航空ビジネスの特性

 航空ビジネスは典型的な固定費ビジネスで、基本的に路線や機材の稼働率が収益性を決定づける。従って高稼働を維持できれば高収益となるが、稼働率が落ちると大赤字となり、短期的に打てる手だては限られる。現在、航空各社は低稼働の路線の減便や運休などで対応しているが、飛行機のリース代や賃料、人件費などでキャッシュは流出していく。

邦人を乗せて中国・武漢から到着した日本政府の全日空チャーター機=1月29日、羽田空港

 日航の再生時もそうだったが、こうなった時の現金流出はすさまじく、2009年9月に「JAL再生タスクフォース」が立ち上がり、私たちが直ちに資金繰り見込みを精査したところ、金融機関への元利支払いを全て止めても11月中旬には資金が完全にショートし、運航は全面停止、給料支払いも難しくなる状況だった。

 こうなると収入が途絶え、かつてのパンナムやスイス航空のように破産消滅に追い込まれる危険性があった。

 当時は、産業活力再生特別措置法(産活法)に定められた私的な整理手続きである事業再生ADRを申し立てることで金融機関への元利返済を一時停止し、かつ既存債権に対して一定の優先性のある融資(DIPファイナンスと呼ぶ)2000億円を日本政策投資銀行から受けることで急場をしのいだ。

日本航空が経営破綻した2010年1月19日、成田空港に駐機する日本航空の旅客機

 さらにその後に会社更生手続きを申し立てることで官民ファンドである企業再生支援機構からリストラ資金3500億円の資本注入を受けることで本格再生へとかじを切ることができた。

 要は固定費ビジネスと言っても、設備償却費のように新たなキャッシュアウトを伴わないものだけでなく、日々、現金が流れ出ていく費目の割合が大きいのである。そこに最低限の業務を継続しながらでないと再生できない、エアライン再生の難しさがある。

 もう一点、大手航空会社は「ネットワークキャリアー」と呼ばれる。ところが電気や通信事業のような、一度ネットワークを張り巡らせると稼働時にほとんど追加費用を要しない真のネットワークビジネスとは異なる。一便を飛ばすごとに燃料や空港使用料、整備費用など、多くの経費がかかるのだ。大きな路線ネットワークを構築することの経済的メリットはあまり大きくない。

 現在は航空会社のアライアンス(航空連合)化や共同運航化が進み、顧客の利便性という観点からも、一企業として巨大化することの意味は乏しい。逆にネットワークの拡大は同時に固定費の絶対額を大きくする。このため今回のような不測事態の発生は、財務基盤を大きく傷つけることになる。

  エアラインビジネスの難しさは高い固定費にとどまらない。空の公共交通機能を担っており、経済性だけで路線設定できないのだ。裏返すと、経営危機に陥った時に市場原理で破産消滅型の退出をさせればいいという単純な話ではない。社会活動全体に対する影響が大きいからだ。今回の場合、パンデミック終息後の経済回復の足を大きく引っ張ることになる。

 ▽今を乗り越えるために

 このような状況下、航空業界として考えるべきは、当面の資金対策と、現状と将来の両面を見据えた事業運営である。かつて経験したことがなく、先行き不透明な状況であるため、その影響の大きさについて、最悪の事態を想定して対策を講じておく必要がある。

関西空港でマスクを着けてジェットスター・ジャパンの旅客機に向かう乗客ら=5月

 収入が見込めない以上、まずは当面の資金確保が必要である。当座は資金繰り融資(5月30日現在、ANAHDは約9500億円の借り入れ、日航も約3000億円の融資要請)でしのぐことになる。これは借金なので、需要減少が長引くと借り入れが積み上がって過剰債務を抱えることになり、中長期的に企業体力がそがれることになる。

 また、固定費水準を下げるための機材削減やリストラなどの構造改革費用は、自己資本を大きく毀損(きそん)する。必ず返さなくてはならない「資金」である借金で行うのは危険である。

 今回の状況は、経営問題ではなく災害によって引き起こされたものであり、航空業界が持つ公共性という側面を考えれば、わが国においても、国が負債にならない形で「資金」(資本注入または給付金などのもらい切りの資金)支援を行うことは、必ずしも経営責任を追及しない前提でも許されるべきだろう。

 現在、政府サイドでもいくつかのメニューを提示しているが、プログラムが具体化したら航空各社は遠慮なく二種類の「資金」を早期かつ有効に活用すべきである。予防薬は早めに飲んだ方が重篤化リスクは小さい。そして漫然と需要回復を待つだけでなく、好況期にはどうしても膨らんでしまうムリ・ムダ・ムラの一掃、先送りされていた構造改革にこの際、一気に手を付けるべきである。

中国・上海から乗客を乗せずに到着し、貨物を降ろす日本航空の旅客機=4月17日、成田空港

 ▽変化する航空需要

 ポストコロナの航空業界を見据えた時、大きな課題が二つある。一つはコロナショックでリモートワークなど人々の仕事の仕方が大きく変わり、今や世界の誰とでも、かなり複雑な問題でも、大したストレスなしに仕事ができることに多くの人々が気付いてしまった。今後、デジタルトランスフォーメーションは加速し、5G時代になるとさらにその勢いを増すだろう。そこでは当然、航空需要の構造は大きく変わる。

 不要不急の海外出張需要などは不可逆的に減る可能性が高い一方で、地方でのリモート勤務や二拠点生活など、エアラインの利便性を活用したワーク&ライフスタイルが増える可能性もある。

 実際、弊社グループで和歌山県の南紀白浜空港を中心に南紀エリアの地域おこしに挑戦中だが、コロナショック前から当地のワーケーションオフィス(休暇と仕事を兼ねたサテライトオフィス)は大変な活況であり、今後、こうした流れはより大きなものになる可能性がある。

 航空業界としては、量と質の両面にわたる顧客ニーズの変化に対応すべく、果敢な戦略的なピボット(方向転換)を実行できる高度な経営力が問われるだろう。

 もう一点は、その一方で、先に指摘した個々の路線の顧客密度(顧客数×単価)が経済性の大半を決めるエアラインビジネスの基本特性に対して忠実な事業運営を行うことも重要となる。世界情勢はますます不透明で不確実。今回のようなイベントリスクがいつまた起きるか分からない時代だからこそ、基本に戻ることが大事だ。

東京都大田区の城南島海浜公園を訪れた人たち。後方は羽田空港に駐機する航空機=6月6日

 加えてデジタル革命が進むほど、顧客サービスや営業に関わるシステムも今後、どんどんクラウド化が進みネット上の標準サービスが使われる流れになっていく。すると一社で大きなシステムや営業プラットフォーム組織を抱えることの意味は乏しくなる。ますます規模が単純に効くビジネスではなくなる。

 むしろ会社のかたち、ありようをデジタルトランスフォーメーションの時代に適合するように変容できる会社、すなわちCX(コーポレートトランスフォーメーション)力のある航空会社が結果的に成長力と収益力を手に入れる時代になっていくだろう。(経営共創基盤社長=冨山和彦)

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