新型コロナウイルスとの戦い4カ月 東京女子医大病院長が語った試練の日々

国内で初めて、首都圏で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が確認されたのが1月中旬。下旬には国内初の死者が出た。

以来、医療現場は極度の緊張の中にある。高度・先進医療の拠点、東京都新宿区河田町、東京女子医科大学病院(1194床、1日平均外来数約3800人)でも
新興ウイルスとの戦いに入って4カ月になる。田邉一成病院長は患者を、職員を、病院を守るために明け暮れた試練の日々を振り返った。

1月中旬から、院内会議を毎日実施

4000人病院職員の意識変革を促す

COVID-19に対して、1月中旬から動き始めた。武漢の映像を見た時「これはただごとではない」と思い、日本にも影響が及ぶと直感した。

1月中旬にはCOVID-19に対する院内会議を始めた。全4000人ほどの職員の意識と行動を変える必要があると考えたからだ。時間は限られている。ウイルスに感染していると疑われる患者さんに、どう対応すべきか。職員一人ひとりがその場で対応しなければならない状況が間近に迫る中、話し合うことで意識や行動を変えるしかない。

会議は、ほぼ毎日開催。COVID-19を焦点に前日の患者さんの様子やどういう対応をしたかなどの報告を聞いて話し合う。当初は、熱や症状があるのに「ない」と言ったり、海外旅行に行ったことを黙っていたりと、患者さんのさまざまな問題が浮上した。

COVID-19疑いの患者さんを入れない

職員が罹患しない〜医療崩壊を防ぐ戦略

病院の戦略も明確になってきた。入院患者と職員がCOVID-19に罹患(りかん)しないようにすることが最重要と考えた。すなわち、院内感染の防止である。

面会謝絶は1月に開始した。小児科では入院する場合、付き添いの家族はPCR検査をしないと病院には入れない。家族からは多数のクレームを受けたが、病院機能を失わないためには、徹底した対策が必要だった。

2月初めには、外来で症状のある患者さんとそうでない患者さんを振り分けるトリアージを始めた。職員に対しては、熱がある、せきが出るなど少しでも疑われる症状がある場合は出勤しないこと、そして、私生活でも感染に気をつけることを何度も伝えた。

PCR検査がすぐできなかった頃は、救急の患者さんはすべて陽性と想定。職員は個人防護具(PPE)を着けて対応し、患者さんは陰圧のICU(集中治療室)で受け入れた。念のためPCR検査は、受け入れ時と約2週間後の2回実施した。2回目に陰性となれば一般のICUに移した。

4月中旬、COVID-19の患者さんの入院を受け入れ始めた。COVID-19専用の病棟とするため、他の病棟とは仕切り、職員休憩室も別に造る改修工事をした。

受け入れに伴い、病棟で対応する特別チームを6班編成した。医師、看護師、臨床工学技師(ME)など多職種で構成し、チームをサポートするスタッフも決めた。患者さんや職員の心理面の支援を考え、精神科医をスタッフに加えた。実働チームとサポートスタッフは総勢約50人からなる。

一つのチームは、2週間仕事をしたら1週間休ませるというサイクルにした。休んだ後、念のためPCR検査をして、陰性確認後に復帰する。

チームをつくったのは、専門的な知識やスキルの訓練が必要だと考えたから。PPEの着脱の仕方一つとっても間違いは許されない。もし、間違った対応をすれば、職員の感染を引き起こし、ひいては院内感染につながりかねない。

病棟のゾーニング、患者さんへの対応を終えた後、どこでPPEを脱いで、どの通路を通り、休憩室への移動はどうするのか、といった動線も決めた。PPEは一度着けたら簡単に外すことはできない。このため業務にいったん入ったら2時間働いて休む。業務の負担を考えると2時間が限度だと判断した。

職員を守る→職員が患者さんを守る

現場に対応できる体制、ポリシーが必要

COVID-19への対応を進める上での私の役割は、職員を守ることと、COVID-19患者への最善の治療ができる体制をつくることだ。

職員は、管理者が自分たちを守ってくれないと思えば、職場を去るかもしれない。患者さんを感染から守りながら、治療を続けることができなくなるかもしれない。

高度急性期病院として、本来の役割を果たすべき責任があるにもかかわらずCOVID-19への対応に追われていることが大変気がかりだ。脳血管疾患、がん…。治療が遅れることで患者さんに迷惑をかけることだけはしたくない。

会議を始めて4カ月余り。職員はCOVID-19に対する正しい判断や行動ができるようになり、会議の席で判断や確認を仰ぐことはほとんどなくなった。しかし、収束まで病院機能が維持できるだろうか。自信はまったくない。

「ローマ軍は兵站(たん)で勝つ」という言葉が頭から離れない。戦いに勝つためには、武器、食料、燃料など基本的な物資を補充する後方支援が最も重要なのだという。

この難局を乗り切るために、政府には、病院や医療者に対する支援をお願いしたい。それが担保されることで、医療者は安心して患者さんの命を守ることができる。医療崩壊を防ぐことにもつながるだろう。(2020年5月20日発行号掲載)

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