ホーム転落事故、元日本代表の死無駄にするな

ブラインドサッカー普及に尽力 「ホームドアがあれば」

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亡くなる約7カ月前の石井宏幸さん(友人の鈴木薫さん提供)=2019年3月、東京都内

 JR新宿駅で昨年10月、ブラインドサッカー元日本代表で全盲の石井宏幸さん=当時(47)=がホームの下で電車に接触して死亡する事故があった。当初は自殺との見方があった。しかし、その後の捜査で遺書はなく、直前も自殺をうかがわせるような言動はなかったことが警視庁新宿署や友人らへの取材で分かった。誤って転落した可能性が高いとみられる。「競技の普及に尽力したかけがえのない人を失った」。友人らは突然の別れを惜しみ、一日も早いすべての駅へのホームドア設置を求めている。(共同通信=鶴原なつみ)

 ▽過去にも誤ってホームから転落

 事故は昨年10月2日午後7時15分ごろ、新宿駅15番線ホームで起きた。線路と退避スペースの間に倒れた石井さんの頭部に電車が接触し、病院に搬送されたが死亡した。「白杖(はくじょう)を手に線路へ下りるような様子だった」との目撃情報があった。

 防犯カメラでは判断できず、携帯電話の解析や周囲への聴取でも自殺の兆候は見当たらなかった。家族の証言で、過去にも誤ってホームから転落していたことも分かった。

JR新宿駅のホーム(写真は事故現場とは無関係です)

 ▽事故2日前、落語を聴きに

 友人の男性(62)は突然の訃報に信じられない思いだった。事故の2日前、知り合いが演じる落語を一緒に聴きに行ったばかりだった。石井さんは「夢を実現するために一生懸命で感動した」と演者を褒め、楽しそうだった。亡くなる前日の昼には「刺激になりました。いずれにしても健康第一ですね」などと会員制交流サイト(SNS)で屈託のない文面も届き、男性は「またイベントがあったら一緒に行こう」と返した。

 石井さんはその日、落語の演者にも「また観させて頂きますね!(原文ママ)」と力のこもったメッセージを送っていたという。

 ▽ブラインドサッカー普及に尽力

 日本ブラインドサッカー協会や友人によると、石井さんは2000年に緑内障が悪化し失明した。ブラインドサッカーを始めて日本代表となり、02年の日韓戦に出場。03年には協会理事として初の日本選手権開催を主導した。協会副理事長に就くと競技の体験会開催などに力を尽くした。12年に協会を退任した後はイベント会社を設立し、視覚障害者を支援する講演などを手掛けていた。

 原爆ドームや東日本大震災の被災地に足を運んで出会った人と交流したり、米ボストン大に留学し、学内のオーケストラでチェロを弾いたりと活動的な性格だった。

石井さんの訃報を受け、喪章をつけて試合に臨むブラインドサッカー日本代表選手たち(日本ブラインドサッカー協会/鰐部春雄 提供)=2019年10月、タイ

 石井さんの死去を知った日本代表は昨年10月、選手らの発案で喪章を着け、黙とうしてアジア選手権準決勝に臨んだ。共に黎明(れいめい)期を支えた協会専務理事の松崎英吾さん(40)は「理想が高く熱血漢。皆が目指すべき旗を立ててくれる人だった」と振り返る。02年の日韓戦後、国内にまだ選手も少ない中、石井さんは日本選手権を開催しようと提案した。「無理じゃないか」との周囲の声にも負けずに、会場選定や観客集めに走り回り、翌年3月に実現させた。

 「ホームから落ちちゃった」と腰をさすって出勤し、心配して湿布を貼ってあげたこともある。いつもは前向きな石井さんだったが、時折漏らす「障害者はまだまだ生きにくい」という言葉を覚えている。

JR上野駅でホームドアを設置する作業の様子=2017年11月

 ▽5年で370件の転落が発生

 国土交通省によると、全国の駅で14~18年度の5年間にホームから線路への転落は計約1万5千件発生し、うち視覚障害者の転落は約370件だった。電車と接触したケースは約960件あり、視覚障害者はうち10件だった。

 いずれも自殺など故意に線路へ向かったケースは含まずに集計。酒に酔った客が過半数を占め、ほかに体調不良や携帯電話を使用していて転落したケースもあった。

 石井さんの事故前日となる19年10月1日には、東京都葛飾区の京成立石駅で視覚障害のある60代女性がホームから転落、電車とホームの間に挟まれ死亡した。今年1月にも、荒川区のJR日暮里駅で、白杖を使っていた男性が線路に落ち、電車と接触して死亡。どちらの駅にもホームドアは設置されていなかった。

 鉄道各社は駅ホームでの転落防止に取り組んでいる。だが、1日10万人以上が利用する279駅の計1219番線のうち、ホームドアが設置されているのは18年度末時点で約3割の計353番線にとどまっている。

 設置にはホームの補強作業が必要で、1駅あたり数億~十数億円の費用が掛かる。また、車両の多様化で種類ごとに扉の位置が異なることもネックになっている。

  ▽ホームドアは踏切の遮断機と同じ

 成田宏紀さん(65)は、1997年にサッカー日本代表の観戦ツアーで相部屋になったことをきっかけに20代だった石井さんと意気投合した。一緒にサッカーをしたり、観戦に行ったりと交流が続いた。知り合って数年後、しばらく石井さんからの返信が途絶え、それから唐突に「失明した」と連絡を受けた。目の調子が良くないことは知っていたが深刻な状況とは思っておらず、衝撃を受けた。

ボールを蹴る石井宏幸さん(友人の鈴木薫さん提供)=2019年3月、東京都内

 だが、久々に再会した石井さんは生き生きしていた。「ブラインドサッカーに出合って前向きになれた」。それまで見たことのなかった情熱的な姿に驚いた。同時に、直感で「面白そう」と感じ、大会のチラシ配りなどボランティアで活動に協力するようになった。

 最後に会ったのは事故の約3カ月前。居酒屋で好きな音楽やアイドルの話で盛り上がった。「石井くんといると、障害があっても面白いことがたくさんできるんだと刺激になった。この先、彼とやりたかったことが、全部、消えてしまった」。時折涙を浮かべ、成田さんは強く訴えた。「外国をひとりで巡るくらい自立していた彼でも事故に遭ってしまう。ホームドアは、踏切の遮断機と同じくらい普通にあるものでなくちゃいけない」