「4人で日本一になる」沖縄水産の友情カヌー 泣きそうになった親子の言葉[記者が見た あの勝負]

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カヌーのカナディアンフォア200メートルで県勢初の優勝を飾った沖水の(左から)末吉集人、仲宗根脩真、大城就一、大仲雅人=2013年8月4日、大分県・豊後高田市真玉カヌー場

[記者が見た あの勝負]2013年8月4日 全国高校総体カヌーC4決勝

 夏の日差しにも体育館の湿気にも、激しい風雨にも負けない体力が必要な運動部行きを初めて命じられたのは44歳、2013年のこと。「年齢的にきついなあ」が正直な感想だった。

 それでも部活動に取り組む中高生の全力プレーに接すると、いつしか忘れてしまった熱さや激しさ、真っすぐさに心を奪われ、時に深く反省することもある。

■3年間一緒

 最初の出張は夏の全国高校総体「北部九州総体」。カヌーのカナディアンペア(C2)で沖縄水産の大城就一・仲宗根脩真組は200メートルと500メートルの連覇が懸かっていた。だが2人に聞いても「ペアで勝つのは当然」といった口ぶりだった。

 2人が狙っていたのは、4人でこぐカナディアンフォア(C4)での優勝。クラスも部活も3年間一緒の大仲雅人、末吉集人と「4人で日本一になる」ことを最大の目標に掲げた。

 末吉には苦い思い出がある。1年の時の全国総体で先輩が優勝直後に体調不良で病院に直行し、代理で表彰された。メダルをもらっても胸中は複雑。「自分の実力で表彰台に上がる」と必死に練習に取り組んだ。

 大城と仲宗根は、技術的には一段劣る末吉が努力する姿を間近で見てきた。2人は世界ジュニア選手権の日本代表になったが、総体と日程が重なるとの理由で出場を辞退。世界の舞台を蹴り、「高校最後は4人で一緒に喜ぼうぜ」と開催地の大分県に乗り込んだ。

■離島の宿命

 4人乗りのカヌーは高額で、どの県も頻繁に買い替えられない。大型のため予算的に沖縄から運ぶこともできず、県代表は毎年、古い型の艇を開催地で借りて予選・準決勝までを戦う。離島県の宿命だ。

 C4の500メートルはなぜか息が合わずに5位。残すは200メートルだけになり、後がない4人は予選と準決勝を1位通過した。

 その準決勝で、平良祐喜監督は地元の大分代表が敗れたのを見逃さなかった。号泣する大分チームに「こんな時に本当にごめんね」と近づき、頭を下げた。「その艇を貸してほしい」。大分は開催地ゆえに付いた強化費で、当時最新式の艇に乗っていたからだ。

 200メートル決勝は、沖水4人組が最強を証明する格好の水上舞台となった。実力と友情のチームワーク、そしてぴかぴかの艇で県勢初のフォア優勝を決めると指を突き上げ、歓喜のハイタッチを交わした。

 先頭に乗った大仲は「最後の最後に4人で優勝できた」と涙。仲宗根は「末吉を日本一にさせられて良かった」と喜んだ。表彰台のてっぺんで末吉は、受け取った金メダルを何度も見つめながら「一番遅い自分に3人は文句も言わず、3年間付き合ってくれた」と感謝の言葉を繰り返した。

■親子の言葉

 C2では圧巻の強さで連続2冠を達成した大城と仲宗根にレース後、進路を聞いた。仲宗根は大学で競技を続けるが、大城は辞めて海技士を目指すという。

 思わず「推薦で大学に行けるでしょ。こんなに強いのにもったいないよ」と言うと、大城はこう答えた。「母に高校まで行かせてもらった。これ以上、負担は掛けられないので船乗りになります」。入学の時から決めていた道という。

 応援に来ていた母利笑子さんは「就一は遠征から戻るたびに、私にメダルを掛けてくれる。自慢の息子です」。親子の言葉に泣きそうになった。同時に「高校時代の俺、親にこんなに感謝してたっけ」と思い、自分が恥ずかしくなった。

 メダルを掲げる4人の写真は今見てもまぶしい。一心不乱にやり遂げた笑顔を、これからもたくさん見たい。だからコロナ禍は早くなくなれ。中高生が輝ける、一生に一度の舞台を奪うな。(磯野直)

 =肩書やチーム名などは当時。敬称略

北部九州総体で、沖水のC4とC2の200メートル優勝を報じた2013年8月5日付スポーツ面