鳥取・ラッキョウ農家、新型コロナで舞い込んだ人手 休業中の旅館従業員ら活用し、労働力確保

鳥取県北栄町でラッキョウを栽培する山脇篤志さん

 世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスは、人々の移動を止め、経済にも大きな影響を及ぼした。これまでの感染者が3人と全国的に少ない鳥取県でも、自主的に休業した旅館や飲食店が多くあった。県は新型コロナの影響を受けて収入の減った人を雇用した農家に人件費や交通費を半分助成する取り組みを始め「仕事ができてありがたい」「人手が増えて助かる」と双方から好評だ。収穫期を迎えた鳥取県の特産品ラッキョウを栽培する農家を取材すると、労働力が確保できたことへの感謝の声が上がる一方で、慢性的な人手不足の解決にはならない、と危機感も伝わってきた。(共同通信=遠矢直樹)

 ▽人手が必要なラッキョウ特有の事情

 農林水産省の2018年統計によると、鳥取県のラッキョウの年間出荷量は2259トンで、全国トップだ。鳥取県では夏場に種を植えて、翌年の5月中旬から6月中旬の約1カ月の間に集中的に出荷する。一部を種として残し、また来年に向けて植える。短期間で出荷する理由は「季節物」だからだ。ラッキョウの後には梅などの出荷も控えており、時機を逸すると市場で取り扱ってもらえなくなる。期間内に出荷できなければ最悪の場合廃棄することもある。その一方で、出荷までには他の野菜よりも手間がかかり、農家は時間との闘いになる。

 手間がかかる要因は、収穫したラッキョウの根や茎を切る「根切り」と呼ばれる作業だ。ほとんど手作業で、板に固定した包丁にラッキョウをリズムよく押し当てて切り落としていく。根切りの方法は商品の種類によって作業に若干の違いがある。約1センチの根を残した状態で出荷する「根付きラッキョウ」の場合は数本をまとめて束にして切る。一方、「洗いラッキョウ」と呼ばれるものは、カレーライスに添えられるラッキョウの酢漬けのような実だけの状態で出荷する。さまざまなサイズの実を取り扱うため、一本ずつ切ることになる。

洗いラッキョウの根切り機

 人手不足を解消する機械化は進んでいない。根付きラッキョウを根切りする機械は開発されているものの「慣れた人の手作業の方が早い」「作動音がうるさい」などの理由からあまり普及していない。収穫作業でも、機械を使えば必ずしも効率が上がるわけではなく、トラクターを使うと掘り出されたラッキョウの向きがバラバラになってしまい、根切りの作業員が切る前に向きをそろえて束ねる手間が増え、結局時間がかかる。根付きラッキョウの生産農家は、手で一本ずつ抜くことが多い。

 ▽新型コロナが生んだ人材マッチング

 各農家は例年、収穫期になると農協やハローワークを通じて人材の募集をする。だが、約1カ月の短期雇用であることや労働に対する賃金が割に合わないなどの理由でなかなか応募がない。近年の雇用情勢の改善により、「多くの若者が定職に就いたことも人が集まりにくくなった原因の一つ」と説明する農家もいる。

 ラッキョウの収穫シーズンが始まって間もない5月18日。同県北栄町でラッキョウやスイカを栽培する山脇篤志さん(50)の作業場には、慣れない手つきで根切りをする3人の女性がいた。女性たちは新型コロナの影響で5月1日から休業した、北栄町から車で30分ほどの同県三朝町にある旅館の従業員だ。

 仲居として働く岩本照美さん(53)は旅館の支配人から紹介を受けた。休業してからの日々を「勤務先が早め早めに動いてくれたおかげで、休業前には決まっていたので不安は少なかった」と振り返り、「旅館が休業中も給与の補償をしてくれるが100%ではないし、国の特別給付金もいつもらえるのかも分からない。そんな状況で働けるのは助かる」と喜んだ。作業を手伝ったことで「農家の大変さ、食べ物の大切さを痛感した」とも話してくれた。保育園に通う娘がいる矢城美里さん(26)も「初めての作業だが新鮮で楽しい。家計をどうしようかと心配だったので働けてよかった。いつか恩返ししたい」と笑顔を見せる。

ラッキョウを収穫する山脇篤志さん

 一方、雇用した山脇さんにとっても、予期せぬありがたい増援となった。山脇さん方の作付面積は1・7ヘクタールで、毎年36トン近いラッキョウが取れる。地区のいくつかのラッキョウ農家と共同で出荷し、栽培面積に応じて一日に選果場に持って行くノルマがあるが、昨年は根切り作業が間に合わず、ノルマを達成できない日も多かったため、期間内に出荷できなかった2トン近くのラッキョウを廃棄せざるをえなかった。

 今年は予定よりも数日早く、6月11日に出荷作業を終えた。例年、根切りの作業員として10人ほど確保してきたが、今年は16人も雇用できたためだ。「例年、収穫の時期になると、人員が確保できなくて悩んできた。母や妻の知人らにもお願いしているが、高齢の人も多く、作業のスピードも落ちる。若い人にも手伝ってもらえて、今年は順調に出荷できた」と笑みがこぼれた。

 ▽巣ごもり脱出、気分もリフレッシュ

 人材のマッチングは県内最大のラッキョウ産地、鳥取市福部町でも行われていた。観光土産物製造「モルタルマジック」は、鳥取砂丘の砂を固めた加工製品を作る技術を開発したユニークな企業で、全国で事業を展開し業績は右肩上がりだった。だが、新型コロナが直撃。鳥取砂丘を訪れる観光客が激減し、発注された仕事はキャンセルになり、売り上げは前年同期比9割以上減少した。この工房にも、福部町のラッキョウ農家山根健さん(59)から収穫したてのラッキョウが持ち込まれ、根切りの作業場になった。

休業のためラッキョウの根切り作業をする土産物製造会社の従業員

 6月初旬、ラッキョウの匂いが漂う中、従業員の男女4人が談笑しながら和気あいあいと作業にいそしむ。同社製造部長の稲葉昌治さん(60)は「最初は求められる品質を理解するのに手間取ったが、今は自分のペースでやれている」と手慣れた様子でリズムよく根を切っていく。

 稲葉さんは自宅待機中、新商品の企画に取り組んだり、今後のキャリアについて考えたりしていたが、休みが長期化するにつれて気分が沈んでいった。巣ごもり生活は「コロナうつ」になる危険と隣り合わせだ。そこに飛び込んできたラッキョウの根切り作業。いつも一緒に働いている仲間と作業できたことも、気分のリフレッシュにつながった。ただ、本業のことが頭から離れたわけではない。「観光産業の中でも、(景気が戻るのは)土産物が最後になる。コロナが終息しても、今までのような売り上げには戻らないだろうという不安はある。新しいことにもチャレンジしないといけない」と静かに語った。

 ラッキョウは出荷後に選果場に運ばれ、サイズの選別作業などを行い、商品になる。ここでも新型コロナの影響を受け、臨時で働く人たちが活躍していた。旅館で配管の管理をしているという長戸誠一さん(61)は、ラッキョウが詰まった20キロ近いケースを動かす力仕事を「生活がかかっているから」と黙々とこなしていた。「旅館が予定通り7月に再開できるかどうか、不安は絶えないけど、働くことで少しは気が紛れる」と胸の内を明かした。

 ▽〝幸運〟で終わらせない人手不足の解消策は

 近年の日本の農漁業は、外国人労働力が欠かせない構造になっている。新型コロナの世界的流行で、外国人技能実習生が来日できなくなるなどし、構造的な人手不足に追い打ちをかける形となった。国や自治体は、難局を乗り切るためにさまざまな施策を打っている。

 農林水産省は農業大学校の学生らを人手不足の農家に派遣する際の交通費や宿泊費などとして60億円を確保。出入国在留管理庁は、日本に残っている外国人技能実習生のうち、製造や観光業の分野で活動していた実習生を農業や介護などの分野に移ってもらえる特別措置を取ることにした。リンゴ収穫量日本一の青森県では、弘前市が4月以降、学生や休業店舗の従業員ら、就労の行き場を失った地域人材と農家を引き合わせ、賃金の補助にも着手した。

根切りラッキョウの選果場の作業風景

 鳥取県の助成制度を活用して観光業従業員らを雇用した山根さんは次のように振り返る。「農業は『よごれる』『きつい』『もうからない』イメージがついて回るので、若者や市街地で働く人たちから敬遠されがち。ところが今年は、普段連絡が来ることのない人からも毎日のように問い合わせがあった」。新型コロナという特殊事情によってたまたまの〝幸運〟に恵まれたが、根本的な解決が図られない限り人手不足は今後も続き、「このままでは産地の維持も難しくなる」と危機感は強い。山根さんは「高校生でもできる作業で、高校とのタイアップだってできるんじゃないか。教育委員会にお願いしてみようかな」とアイデアを膨らませていた。

 一方、山脇さんも今回できた縁をなんとか絶やさずこの先につなげないかと、頭の中で思いをめぐらせている。今回手伝いに来た旅館の従業員らは、5月の大型連休後に旅館の繁忙期が落ち着くタイミングがあると話していたといい、「そうした時期にメンバーを交代しながらでも来てもらえるような仕組みができないか」と願った。

 生産者にも作業の担い手にも、働き方やライフスタイルへの新たな可能性を気付かせてくれた今回の新型コロナ騒動。「新しい日常(ニューノーマル)」への取り組みは、農業の分野でも進んでいくだろう。

© 一般社団法人共同通信社