【元漫才師の芸能界交友録】第46回 今田耕司 茶化せども否定はせず/角田 龍平

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2019年冬。読売テレビのメイク室で、メイクさんに軽口を叩きながら髪をセットしてもらっていると、鏡越しに50代とは思えない均整の取れた体躯をした今田耕司さんの姿が視界に入った。洗面台で髪を濡らした今田さんが隣の椅子に腰掛けた途端、口数が少なくなった私は、その光景に既視感を覚えた。

2007年夏。生まれ故郷の京都を離れて、埼玉県和光市にある司法研修所で寮生活を送っていた。オール巨人師匠の弟子を辞め、司法試験の勉強を始めたが、合格まで10年の歳月を要した。失われた10年を取り戻すべく、合格した翌年の4月から司法研修所で司法修習が始まると、週末には都心へ遊びに出掛けた。その夜も新宿の焼鳥屋のカウンターで、友人相手に法曹として仮免なのに偉そうに法律論をぶっていたら、隣の席から聞き覚えのある声が聞こえた気がした。声の方向に視線を送ると、キャップを目深に被った男性が、彼を「兄さん」と呼ぶ男性と何やら話し込んでいる。饒舌だった私が突然無口になったことを訝る友人に、はやる気持ちを抑えて囁いた。「東京は凄いな。今田さんやで」。

1987年春、関西地方でダウンタウンが司会を務める帯番組『4時ですよ~だ』(毎日放送)が始まった。小学5年生の私は『4時ですよ~だ』をみるために、放課後のサッカーを早めに切り上げ、家路を急いだ。お気に入りは、金曜日の「眠れるつもりの美女」のコーナーだった。お姫様として登場する視聴者を笑わせようと、松本さんが歌うナンセンスなオリジナルソングに「ヤンヤヤヤヤヤヤ」と合いの手を入れる今田さんが可笑しかった。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)が始まったのは、中学3年生の冬だった。『4時ですよ~だ』とは打って変わって豪華なセットで松本さんと今田さんがコントを繰り広げる日曜日の夜は、お笑い好きの少年にとってかけがえのない時間になった。日常で笑うことを忘れていた司法浪人時代には、全巻揃えた『ごっつ』の傑作コント集のVHSを毎晩のようにビデオデッキに入れたものだ。

それゆえ、弁護士として『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』に出演するようになっても、今田さんを前にするとたちまち緊張してあがってしまう。メイク室で隣り合わせた日の収録では、杉村太蔵さんが麻薬取締法違反で起訴された沢尻エリカさんを芸能界に復帰させてはいけないと主張した。すると、今田さんは「一人ひとり事情があんねん。この子の生い立ちとか遡ってみたら、なんか理由があんねん。だからやったもんは悪い! と決め付けるのは、俺は絶対違うと思う」と語気を強めて反論した。ゴシップ好きだが、当事者を茶化しても否定はしない今田さんのバランス感覚溢れる発言に、観覧客から自然と拍手が沸き起こった。

13年前の夏の夜、小一時間ほど思案した挙句、酒の力を借りて「『4時ですよ~だ』の頃からファンです」と話し掛けた私に、笑顔で握手とサインをしてくれた今田さんは、いつだって躓いた者たちに優しい。

筆者:角田龍平の法律事務所 弁護士 角田 龍平