「サッカーコラム」サッカーを変えたもの、それは… 大切なのは技術や戦術だけじゃない

2004年欧州選手権のロシア戦でポルトガルのチーム2点目を決め、ロナルド(右)から祝福されるルイコスタ(ロイター=共同)

 16年の歳月が流れても、脳裏に焼き付いているゴールがある。2004年にポルトガルで開催された欧州選手権。6月24日にリスボンのルス・スタジアムが行われた準決勝で、そんなゴールを遭遇した。まさに度肝を抜かれる一撃だった。

 地元ポルトガルとイングランドが激突した注目の一戦だった。1―1のまま、延長戦に入った。延長後半5分、そのゴールが生まれた。決めたのはポルトガルの名選手、ルイコスタだった。

 左サイドをドリブルでルイコスタが攻め上がる。イングランドはペナルティーエリアに侵入されないよう守備網を張る。それを見たルイコスタは右足アウトサイドで内側にボールを持ち出すと、ペナルティーエリア外から右足を振り抜いた。

 弾丸シュート。形容するなら、この言葉しか思いつかない。それほどの威力でニアサイドを襲ったボールは、GKジェームスの頭上を突き抜けて、ネットを揺らした。

 ペナルティーエリアのラインからゴールラインまでは最短でも16メートル50センチある。そこから推測すると、ルイコスタはおよそ18メートルからボールを蹴ったと思われる。至近ではないにもかかわらず、ジェームスが反応できなかった。ボールのスピードが恐ろしく速かったのだろう。

 後になって気づくのだが、この時の欧州選手権を境にして、サッカーは確実に変わった。最大の要因は、ボールだった。もちろん、ボールには公式規格がある。例えば、5号球であれば外周は68~70センチで、重さは410~450グラムだ。さらに空気圧や反発力など細かいところまで定められている。ただ、蹴ったときの感覚はメーカーによってかなり違う。

 前述したポルトガル対イングランド戦はイングランドが追いつき、PK戦にもつれ込んだ。ポルトガルはルイコスタ、イングランドはベッカムがPKを失敗している。それも、キックの名手とは思えないゴール上に外すものだった。同じ年に開かれたアジア・カップのヨルダン戦で中村俊輔と三都主アレサンドロがPKを失敗したが、それと同じだ。日本代表のヨルダン戦はピッチの状態に問題があった。欧州選手権は慣れないボールを使ったことが関係したのではないかと思う。

 第1回のワールドカップ(W杯)がウルグアイで行われた1930年以来、サッカーボールは常に革のパネルを縫い合わせた手縫いのボールだった。その素材が天然皮革から人工皮革に変わったのが86年のメキシコ大会だった。水を含みやすい天然皮革から人工皮革に変わったことで、雨の日のボールコンディションが一定することになった。

 しかし、2004年に起きたボールの変化は、その比ではなかった。ビッグトーナメントとしては初めて、人工皮革のパネルを熱によって圧着接合する「サーマルボンディング」という製法で作ったサッカーボールを採用したのだ。

 きっかけは、一試合に複数のボールを必要とする「マルチボール・システム」の導入だった。複数のボールを使用するため、ボールに「同一性」が求められるようになった。ボールによって、ばらつきがあっては試合に支障を来す恐れがあるからだ。

 熟練の職人が手縫いするボーにはどうやっても微妙な違いが生まれる。一方、「サーマルボンディング」でできあがるボールには誤差がほとんどないという利点がある。

 国際サッカー連盟(FIFA)のビッグスポンサーであり、1974年W杯西ドイツ(現ドイツ)大会以降、一社独占でボールを提供し続けているのがアディダスだ。同社のボールはW杯や欧州選手権、UEFAチャンピオンズ・リーグなどの公式球として使われている。

 ここで技術力を発揮したのがバレーボールやバスケットボールなどサーマルボンディングによるボール製造で実績を持つ日本のモルテンだった。同社は79年から日本におけるアディダスのサッカーボールに関する販売ライセンスを持つなど提携関係にあった。そこで、欧州選手権の公式球として「ロテイロ」という縫い目のないサッカーボールを開発し、アディダスに提供した。

 縫い目がなければ空気抵抗を受けにくい。ボールを蹴った感覚も確実に変わった。特に無回転のFKやシュートを打つ選手は、これまで以上にいわゆる「ブレ球」を使えるようになった。2004年欧州選手権に19歳で出場したクリスティアノ・ロナルド(ポルトガル)も、このボールの特性をうまく生かした選手だった。

 ロテイロは、従来型の「亀甲型」だった。これは12枚の正五角形と20枚の正六角形を組み合わしたボールだった。しかし、06年W杯ドイツ大会の公式球「チームガイスト」は真球により近づけることを目指した。パネルの形状を見直し、ロテイロの半分以下となる14枚のパーツで構成されている。次のモデル「ジャブラニ」は、日本人にはなじみがあるボールではないか。10年W杯南アフリカ大会のデンマーク戦。本田圭佑と遠藤保仁が直接FKをたたき込んだボールだ。ちなみにW杯で同一チームの選手が1試合2本のFKを直接決めたのは44年ぶりのことだった。

 ところで、日本はW杯の使用球を世界で最初に使える国だ。秋冬シーズンの欧州各国のリーグは、当然のことだがシーズン途中にボールを変えることはない。一方、春にシーズンの始まるJリーグは、6月のW杯本番までにはボールに十分になじんでいる。

 もちろんうまい選手、強いチームは用具を選ばない。とはいうものの、プラスに働くものは使わない手はない。ルイコスタのゴールの衝撃を振り返り、こう思った。

 「ボールは大切だ!」と。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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