山本太郎の選挙公約「地方債15兆円」徹底検証|渡辺康平 山本太郎氏が東京都知事選挙の公約として掲げた「15兆円の地方債発行」は本当に可能なのか? 多くの反響が寄せられた論文「地方を救う『地方債の発行』という切り札」の著者、福島県議会議員の渡辺康平氏が緊急寄稿。

ネットで拡散され多くの反響が寄せられた「地方債発行」

前回月刊『Hanadaプラス』に寄稿した『地方を救う「地方債の発行」という切り札』について、地方債の日銀引き受けという、かなり専門的な内容でしたが、ネット上で拡散され反響がありました。

特に、この寄稿文を評論家の江崎道朗氏、衆議院議員の細野豪志氏がツイッターで取り上げ、ジャーナリストの佐々木俊尚氏がラジオ番組で取り上げたことが拡散のきっかけになったと思います。

山本太郎氏「都知事選挙公約の財源は『15兆円の地方債発行』」

ただ、予想外だったことがあります。それは、月刊Hanadaプラスに掲載された3日後の6月15日に、れいわ新選組代表の山本太郎氏が東京都知事選における公約の財源として「15兆円の地方債を発行する」と発表しました。

さらに山本氏は「最終的に日銀に買い取らせることで解決できる」と主張したため、地方債の日銀引き受けについて注目が高まっています。

しかし、冷静に考えてください。私も地方債の日銀引き受けを提言してきましたが、現状では純然たる債務になります。

山本氏は公約実現のためには、地方債の日銀引き受けについて「東京都から国を動かす」と話していますが、そこにメスを入れるなら、山本太郎氏は都知事ではなく、国会議員に立候補すべきです。

そこで、本稿では都知事選に立候補した山本太郎候補者による「地方債15兆円」について、内容が現実的であるかどうか指摘していきます。

そもそも「地方債15兆円」を発行できるのか?

山本氏は15兆円の地方債発行について、次のように発言したと報じられています。

「東京都の実質公債費比率では、地方債で20兆円は確実に調達できる総務省から確認を取っている」(https://news.goo.ne.jp/article/hochi/nation/hochi-20200618-OHT1T50316.html

山本氏は「総務省に確認した」と度々発言していますが、確かに一般論としては発行できるかもしれません。

東京都の平成30年度バランスシートは、34兆6265億円、負債6兆7486億円、資産から負債を引いた正味財産の部合計は27兆8779億円です。

数量政策学者の高橋洋一氏によれば、東京都が20兆円の債権を発行しても負債が資産を超えることはないので「財政論の観点から見ると、良いか、悪いかはべつとして“あり”の政策」と動画で解説しています。(https://www.youtube.com/watch?v=EYOLfDBg3pw

この動画を見て「まさか発行できるとは!?」と驚いた方がほとんどだと思います。

ただし、高橋氏が述べたようにこれは財政論上の発行できるかどうかの話です。

地方債の起債手続きを再確認

地方債の起債手続きによれば、

〈地方公共団体が地方債を発行するときは、原則として、都道府県及び指定都市にあっては総務大臣、市町村にあっては都道府県知事と協議を行うことが必要とされています。総務大臣又は都道府県知事の同意がある場合には、元利償還金が地方財政計画の歳出に算入されるとともに、公的資金の充当が可能とされており、仮に同意がない場合であっても、地方公共団体は議会に報告すれば地方債を発行できることとされています。但し、地方財政の健全性等の観点から、財政状況が悪化している地方公共団体が地方債を起債するときは、総務大臣又は都道府県知事の許可が必要とされています。また、総務大臣は同意又は許可をしようとするときは、あらかじめ財務大臣と協議することとされています。〉財務省 地方債制度の概要(https://www.mof.go.jp/filp/summary/filp_local/tihousaiseidonogaiyou.htm

地方債を引受先の資金面から分類すると、公的資金(財政融資資金、地方公共団体金融機構資金)及び民間等資金(市場公募資金、銀行等引受資金)に大別されます。もし、東京都知事が公的資金として15兆円~20兆円の債権を発行すると国と協議したとしても、財務大臣や総務大臣が首を縦に振ることはないでしょう。

地方公共団体が国と協議し、同意を得られなかった場合は「地方議会に報告」後に「同意のない地方債」として発行できますが、都議会を通過できるとは思えません。

それでは「民間等資金等」として東京都が地方債を発行することはできるのでしょうか。

平成24年から、地域の自主性及び自立性を高める観点から、財政状況について一定の基準を満たす地方公共団体については、原則として、民間等資金債の起債にかかる協議を不要とし、事前に届け出ることで起債ができる事前届出制が導入されました。

令和元年度の地方債計画によると民間等資金は市場公募資金3.9兆円、銀行等引受資金3.3兆円になっています。もし、東京都が15兆円以上の地方債を市場公募資金、または銀行等引受資金として発行した場合、令和元年度地方債計画における民間等資金の2倍以上の債権が発行されることになります。

山本氏は「超優良財政団体の東京の地方債が出れば、金融機関だって欲しいものであろう、と総務省から言葉もいただいている」と話していますが、その根拠は不明です。

また、経済評論家の上念司氏は自身の動画で「日本の地方債マーケットは、実質的に相対取引になっているため、アメリカのようなオープンマーケットにはなっていない」と指摘しています。上念氏によれば、市場公募資金は地方公共団体金融機構が仕切っていること、銀行等引受資金は銀行と地方公共団体の相対取引であるということです。(https://www.youtube.com/watchz?v=82lAfYXZSH8&t=50s

一般が参加できる市場ではないため、果たして金融機関だけで東京都の地方債15兆円を飲み込めるのでしょうか。

地方財政法第5条にどう書かれているか

もし、東京都が地方債15兆円を発行して、財源が確保できたとします。

山本氏は都知事選の公約として「オリパラの中止、都民全員に10万円給付、学費無料」などを掲げています。

しかし、我が国の地方債は原則として、公営企業(交通、ガス、水道など)の経費や建設事業費の財源を調達する場合等、地方財政法第5条各号に掲げる場合においてのみ発行できることとなっています。

山本氏が掲げる政策は地方財政法5条には当てはまりません。山本氏は新型コロナウイルスを地方財政法第5条の『災害応急事業費、災害復旧事業費及び災害救助事業費の財源とする場合』に当てはまると言います。東京都としてコロナを災害に認定すれば地方債をソフト事業に使えるという考え方です。

新型コロナ担当の西村康稔経済再生相は「内閣法制局と早速相談したが、災害救助法の災害と読むのは難しいという判断だ」と国会で説明しているため、東京都がコロナを災害と独自に指定すれば国とは全面的に衝突することになります。

国と衝突することは反権力の象徴たる山本氏にとって、当たり前のことかもしれません。しかし、将来の都知事が国との闘争に明け暮れていることは、都民にとっての幸福ではないと思います。

むしろ、地方財政法第5条の解釈について、内閣法制局の見解を変えるのであれば、国会議員に立候補をして、国政の課題として取り組むべき内容ではないでしょうか。

地方債の日銀引き受け

そして、最後に地方債の日銀引き受けです。多くの方々が指摘していますが、国には中央銀行があり、通貨発行権があります。地方公共団体にはありません。

地方債を発行すれば、当然のことながら利子が付き、償還期間があります。地方債の日銀引き受けについては、6月4日の参院財政金融委員会で加藤毅企画局長が「日銀として地方債の買い入れには慎重である」との姿勢を改めて示しました。(https://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2020/06/278816.php

「イロモノ扱い」されてしまった「日銀引き受け」

山本氏が財源とする地方債15兆円は日銀の引き受けがなければ、その公約は破綻します。もし山本氏が都知事となり、東京都が独自にコロナを災害として指定、その後東京都が15兆円の地方債を発行しても、日銀は引き受けません。待っているのは利子の支払いと償還期間です。

発言力がある山本氏が都知事選において「地方債の日銀引き受け」を打ち上げたことで、この政策は「イロモノ扱い」されてしまいました。

真剣に地方債の日銀引き受けを求めている一人として、大変残念です。

他の道府県からみて納得できない

また、山本氏のように東京都のような財政的に豊かな地方公共団体が、15兆円以上の莫大な債権を発行して、日銀に引き受けさせることは、甚だ疑問です。

日銀に地方債を引き受けるよう求めるのであれば、全国の地方公共団体の地方債を広く引き受ける仕組みをつくるべきです。東京都という特定の地方公共団体の債権だけを日銀が引き受けるというのは、他の道府県からみて納得できません。

何度も指摘しますが、山本氏が本気で地方債の日銀引き受けを実現させるのであれば、東京都知事より国会で議論すべきです。

渡辺康平

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