伝説の乱闘「母に怒られた」 元巨人クロマティ氏 熊日記者が“直撃”

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死球に怒り、中日の宮下投手に殴りかかる巨人のクロマティ選手(中央)=1987年6月、熊本市の藤崎台県営野球場
今季から巨人のアドバイザーに就任したウォーレン・クロマティ氏(提供写真)

 ファンが待ちに待ったプロ野球が19日、3カ月遅れで開幕した。セ・リーグ2連覇を狙う巨人で1980年代後半に活躍し、「史上最強の助っ人外国人」と称されるウォーレン・クロマティ氏(66)。現役時代は上半身を極端に前傾するクラウチングスタイルから放つ勝負強い打撃と、「バンザイパフォーマンス」などのファンサービスで人気者に。熊本とも縁があり、藤崎台県営野球場(リブワーク藤崎台球場)で球史に残る“乱闘騒ぎ”も起こした。今季から古巣のアドバイザーに就いた同氏がオンラインでのインタビューに応じ、選手時代の思い出やファンへのメッセージを熱く語った。(熊本日日新聞社運動部・後藤幸樹)

**藤崎台の巨大クスノキ「大リーグにもない美しさ」 **  -藤崎台での思い出を教えてください。

 「現役時代に何度かプレーしたが、自分の中での記憶は二つ。一つは外野席まで枝を張り出してそびえる巨大なクスノキ群。もう一つはこれだよ(苦笑し、右手でパンチのジェスチャー)」

 「クスノキを見た時はびっくりした。センターを守っていたから、迫力をすごく感じたんだ。あれだけ巨大で美しい木は大リーグの球場でも見たことはない。(熊本出身でプロ野球で活躍した)秋山幸二さんや伊東勤さんも、あそこでプレーして成長したんだよね。素敵な球場だよ」

**相手の投手と和解「今でも会う友達」 **  -1987年6月の大乱闘は今でも熊本のファンの語り草になっています。(中日戦、七回の打席で右肩に死球を受け、マウンド上で宮下昌己投手を殴って退場処分に)

 「あのことは本当に反省している。熊本で良い打撃を見せたくて、ついカッとなってしまったんだ。ちょうど母がアメリカから東京に着いた日で、ホテルのテレビをつけた瞬間に右ストレートを放った映像が流れたらしい。後でめちゃくちゃ怒られたよ。後日、宮下さんとはきちんと和解したんだ。友達の1人でプライベートでも会ってるよ」

思い出は頭部死球翌日の代打決勝アーチ

 -日本では7年間プレーしました。思い出に残っているシーンを教えてください。

 「優勝争いをしていた86年のシーズン最終盤、ヤクルト戦での決勝本塁打は特に印象深いね。前日、頭部に死球を受けたんだけど、病院を抜け出して翌日も球場に行ったんだ。六回、満塁のチャンスに代打で起用され、決勝ホームラン。王貞治監督と涙を流して抱き合ったよ。スタンドとも一体になり、心の底から巨人の一員になれたと感じた」

打席では常に「自分で決めてやる」

 -現役時代は勝負強さが光りました。打席で心掛けていたことは。

 「チームメートに原辰徳さんや中畑清さんがいたけど、常に『自分で決めてやる』と思っていた。自分の打撃が勝敗に直結すると。その責任感が好パフォーマンスにつながったと思う」

 -苦手だった投手は。

 「右投げでは大洋(現DeNA)の遠藤一彦さん、左だと広島の大野豊さん。遠藤さんは直球が速くていつも打席を支配されていた。大野さんは変化球が多彩で苦しめられた。ロッテの村田兆治さんはフォークがすごく、ノーチャンス。基本的に独特のフォームで投げてくる投手は打ちづらかったのを覚えているよ」

 ・今季から巨人アドバイザー

 ◇WARREN CROMARTIE 1953年、米国生まれ。左投げ左打ち。米大リーグのエクスポズ(現ナショナルズ)で10年間プレーし、1984年から90年まで巨人に在籍。89年に打率3割7分8厘で首位打者を獲得し、セ・リーグMVPに輝いた。プロ野球での7年間で951安打、171本塁打、558打点。5度の打率3割台を記録した。今季から巨人の球団アドバイザー。6月上旬に動画投稿サイトユーチューブに「クロマティチャンネル」を開設した。

https://www.youtube.com/channel/UCkoZucbwjZ1EnMus3DbZzIg