ソニーが1億ドルを人種差別の改善に拠出する深いワケ

米国のミネソタ州ミネアポリスで5月25日、警官の暴力によって黒人男性が死亡する事件が発生。これをきっかけに、黒人への人種差別に抗議する動きが強まりました。コロナ禍でさまざまな不満が鬱積した中で高まってきたデモ活動とも言えるでしょう。

世界で最も新型コロナ感染者数が多い米国で、医療制度が貧弱なために一握りの豊かな人しか良いサービスを受けられないという問題も、このコロナ禍で顕在化しています。

人種差別の改善活動に資金援助を表明する企業の動きは早かったです。バンク・オブ・アメリカは6月2日、総額10億ドルの拠出を表明。相次ぐ米国企業の拠出表明の中で目立ったのは、日本企業なのに各々1億ドルを拠出するソニーとソフトバンクグループです。


ソニーが人種差別の改善活動に拠出するわけ

なぜ、ソニーは人種差別の是正に向けて資金を拠出するのでしょうか。同社は日本企業として初のNY上場を果たした後、これまでもさまざまな資本市場の声を上手く経営に取り込んできました。

人権を意識したきっかけは、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが2016年、「スマートフォンの部材原料に児童労働によって集められたコバルトが使われている可能性がある」と指摘したことにあります。

テレビやカメラ、音響機器などの電機分野では、材料の仕入れ先や組み立て拠点等が多岐に広がっており、サプライチェーンの中には人権を考慮しない労働による生産が含まれているリスクが潜んでいます。この指摘を受け、ソニーは2016年にサプライチェーンの行動規範を11年ぶりに改訂し、2018年にも見直しを行いました。

「ESGスコア」上昇と株価上昇に相関

ソニーのこうした取り組みが評価され、ESG評価機関の一つのMSCIは2019年11月、ソニーのESG格付けを上から3番目の「シングルA」から最上級の「トリプルA」へ引き上げました。そのためだけではないでしょうが、ソニー株は今年1月、約19年ぶりとなる高値を更新しています。

ESGスコアの上昇と株価パフォーマンスには、ある程度の相関がみられるとの調査が報告されています。また、ある外資系調査会社は、消費財セクターにおいて、人権に関する方針がある企業はない企業に比べて株価は年率5.6%上回るとの調査結果も発表しています。

<写真:ロイター/アフロ>

日本は「企業人権ベンチマーク」で世界に遅れ

人権対策はリスク対策に留まらず、成長のチャンスにもつながっています。資本市場からの評価を通じて人材の確保が容易になり、企業の成長戦略に関わってくるためです。

人権問題は経営問題だとして、世界的な大手機関投資家は人権NGOと共に「企業人権ベンチマーク(CHRB) 」を設立、2019年11月に第4回となる企業の人権格付を発表しました(下図)。

調査対象は、人権リスクが高いとされる農業製品、アパレル、資源採掘、電子機器に属するグローバル大手企業195社。古くから鉱山労働者対策などを講じてきた資源採掘企業は総じて高めの格付けを得ています。

一方、日本企業は対象が前年調査の2社から18社に増加しましたが、その平均は16%とグローバル平均(24%)を下回りました。サプライチェーン問題などに早くから取り組んだファーストリテイリング(47%)やイオン(29%)は、グローバル平均を上回っています。

日本でも今夏「ビジネスと人権」原則公表予定

国際的な人権問題への対応に遅れが見られる日本企業ですが、政府は今年1月、「ビジネスと人権に関する我が国の行動計画(NAP)」の原案を発表し、今年半ばをめどに公表を予定しています。

これは2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」に基づく国別行動計画で、すでに欧米諸国を始め22ヵ国が策定しています。日本でもNAPが策定されれば、企業は人権問題に本腰を入れて取り組むことになるでしょう。

ESGを意識した機関投資家からの資金流入

ESGの考え方を投資判断に取り込む責任投資原則(PRI)に署名した、世界で2000に上る機関投資家の目は、「S(社会)」に集まり始めています。欧州の主要な年金基金や資産運用会社は今春、「コロナ時代の投資家声明」を発表しました。

強調されたのは、「従業員の健康・安全」「雇用の維持」「サプライチェーンの維持」です。投資家が求めるものは、いわゆる世直し運動ではありません。新型コロナの感染拡大に対する企業の対応など、リスクに対して企業が対処する力を保有しているかを評価しています。

ESGに熱心な会社は総じて不祥事が起こりにくく、長続きするビジネスモデルを持っているともみられています。投資の収益を度外視しているわけではなく、より長期の視点で企業を評価する動きが強まっているといえるでしょう。

コロナ禍で業績見通しが不透明となり、従来の投資指標だけでは企業価値を判断しにくくなっています。ESG格付けなどを手掛かりに長期投資を見据えた機関投資家からの資金流入は、ESG高格付け企業にとって一定の株価上昇の支えになるでしょう。

<文:シニアストラテジスト 山田雪乃>

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