元ロッテ成瀬がスピード全盛の時代に伝えたい思い 故郷で見つけた新たな目標とは?

BC栃木・成瀬善久選手兼任コーチ【写真:小西亮】

ルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスに選手兼任コーチとして加入

夕刻のグラウンドに、穏やかな表情が映える。

「選手たちはいい緊張感で臨んでくれましたし、僕自身は暖かく見守っていましたよ」

ルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスが、21日に栃木県営球場で迎えたシーズン開幕戦。今季から選手兼任で加入した成瀬善久投手コーチが、新天地での第一歩を振り返った。昨季限りでオリックスを戦力外となった左腕は今、ふるさとの地で前途ある若人たちと向き合っている。

16年間過ごしたNPBの舞台に別れを告げ、地元に戻ってきた。ゴールデンブレーブスが本拠とする栃木県小山市の出身。「今は実家に住んでますよ。中学生以来だから、もう20年ぶりくらいですかね」。今年1月に栃木の入団会見をしてから5か月あまり。新型コロナウイルス感染防止に気を配りながら、徐々に野球ができる環境が戻ってきた。ロッテ入団時の背番号60を再びつけた成瀬兼任コーチは、自らの役割を全うしていく。

マウンド上で獲得してきた経験値は、生半可な数じゃない。2007年に16勝1敗、防御率1.81という抜群の成績で最優秀防御率と最優秀投手(勝率1位)の2冠を獲得。2010年にはエースとして日本一に貢献した。ロッテで11年間過ごし、その後はヤクルトとオリックスでもプレー。通算96勝はそのまま自身の財産となり、NPBを目指す若手選手たちにノウハウとして還元される。

華やかなNPBの世界も、わずかな甘さが命取りに

NPBの世界はすこぶる華やかだったが、その分心身ともに過酷を極める日々でもあった。わずかな甘さが命取りになる。「(若手選手たちは)厳しいことやきついことを避けることも多い。何が自分に足りないか考えながらやってほしい」と語気を強める。もちろん、手助けは惜しまない。「口で教えつつも、分からなかったら見本を見せてあげられる。一緒にやった方がサポートしやすい面もありますから。ある意味、選手兼任の特権ですよね」。最も身近にある生きた教科書。寺内崇幸監督も「試合で先発もしてもらうし、中に入ってもらうこともある。いい見本になると思う」と期待する。

20代前後の若手たちは、まだまだ荒削り。そんな彼らに成瀬兼任コーチが伝えていきたいことは、いまの球界の潮流にはそぐわないのかもしれない。パ・リーグを中心に、1軍で活躍する投手たちは当たり前のように150キロ超の速球を投げる。球が速くなければ通用しない……。そんな向きさえあるし、栃木の投手たちがスピードを追い求めるのも分かる。ただ、130キロそこそこでも白星を重ねてきた自身には、それが唯一無二の正解にはどうも思えない。

「いくら球が速くても、四球を連発したり、変化球でストライクが取れなかったりしたら意味がない。歳をとってスピードが出なくなったらどうするのか。力ばかりじゃなくて、球の出し入れや配球での伏線、打者との駆け引き……。いろんな引き出しを持ってくれたらいいかなと思う」

故郷で見つけた新たな目標「ここから1人でも多く、NPBに送り出したい」

投球だけでなくフィールディングや牽制など小技への意識も口すっぱく言う。NPB球団に入るためだけでなく、その最高峰の世界で長く生き残るための術を身につけてほしいと願う。

いわゆる「技巧派」に華はないのかもしれない。ただ、投球術という奥深さを手にした投手が球史を彩ってきたのも、また確か。幕が開けたばかりの今季の球界だってそう。ヤクルトでは石川雅規投手が40歳で開幕投手を担い、35歳の中日・吉見一起投手は開幕ローテに入った。豪速球を持たないベテランたちが存在感を放つ。「スピードや力の“見た目”で盛り上がることも悪くないですが、投球術っていうのがなくなっていくのは寂しい」。

成瀬兼任コーチは、18.44メートルの間で繰り広げられる攻防に、「野球の妙」を見出す。

自身もまだ34歳。返り咲きを期待する声もあるが「選手としてもう一回NPBに戻ることを考えたら、厳しい戦いだと思う」と現実を見る。指導者として、新たな目標もできた。「ここから1人でも多く、NPBに送り出したい。自分は何歳までできるか分からないですが、やれるんだったらやりたい」。第2の野球人生に、情熱を注いでいく。(小西亮 / Ryo Konishi)

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