新型コロナ 政府の初期対応は 「敗戦」だった|乾正人 はっきり言えば初動は完全な失敗だった。「緊急事態宣言」に至るコロナ禍における安倍政権の迷走は、「敗戦」に等しい──産経新聞論説委員長の乾正人氏がズバリと明言。永田町取材を30年以上重ねてきた乾氏だからこそ言える、愛のある痛烈批判!(初出:『Hanada』2020年7月号)

42日間の空白

私の近刊『官邸コロナ敗戦』(ビジネス社)、「敗戦」という言葉はいささかショッキングに映るかもしれませんが、しかし改めて振り返ってみても、新型コロナウイルスをめぐる官邸の初期対応は感心しません。率直にいって、「敗戦」と呼ぶしかない対応でした。むしろ、この敗けを認め、次に行かないといけない。そういう意味をこめて、このタイトルになりました。

日本で初めて感染者が発見されてから、安倍首相自らが学校の一斉休校を要請するまでの42日間、首相官邸と厚生労働省は、ほとんど機能しない”空白”の日々でした。

厚労省は当初、「人から人に感染した明確な証拠はない。感染が拡大することは考えにくいが、ゼロではないので確認を急ぎたい」などと悠長なことを口にしていた。

要するに、ウイルスを過小評価して、なるべく大ごとにならないようにしたかったのです。また首相官邸も、ダイヤモンド・プリンセス号への対応を厚労省に任せっきりで積極的に関与をせず、動きがとても鈍かった。

もしあのまま進んでいたら、新型コロナ感染状況はもっと悪くなっており、政権自体が終わっていた可能性さえありました。

そんななか、2月26日の対策本部会合で、安倍首相がスポーツ・文化イベントに関して2週間の中止、延期、規模縮小の対応を要請。これは前日に決めた基本方針を覆すものでした。さらに翌27日には、全国の小中学校へ一斉休校も要請。

これらは今井尚哉補佐官が主導し、安倍首相が独断で決めた対策でした。党内の根回しもなければ、関係する閣僚にも、菅官房長官にも一言もなかったために、さすがに不満が続出しましたが、結果オーライ、これによって後手に回っていた対策が反転攻勢に変わり、また国民に「これは容易ならざる事態なのだ」と認識させ、引き締めることができたのです。

安倍外交の変質

なぜ「敗戦」したのか。いま言ったとおり、厚労省のもたつきが大きな要因ではありますが、同時に、安倍外交が変質していることが重要なポイントになります。

感染を見事に抑え込んだ台湾を見てみると、SARSの経験があるから敏感に反応したうえに、日本に比べて小さいのですばやく動けた面がありますが、最大の理由は蔡英文政権が中国と対立関係にあったこと。つまり、中国からの渡航をすばやく禁止して水際で食い止めることができたからです。もしも国民党政権だったら、これほどうまく対応できなかったでしょう。

翻って日本はどうか。

中国本土からの入国制限を発表したのは3月5日、習近平国家主席の訪日延期が発表されたのと同じ日。「習主席を国賓で呼ぶのに、中国からの渡航制限をするのか」と逡巡し、制限に踏み切れなかったのは明らかです。

むろん日本は招待した側であって、日本から「来ないでください」とは言えない。中国から「行きません」と言われるのを待つしかない。

中国としては、3月末には新型コロナ対応を終わらせて、訪日をすることで「新型コロナから立ち直った中国」を世界にアピールしようと目論んでいたため、なかなか決断できなかった。その結果、日本政府は3月5日まで制限することができなかった。

様々な思惑があり、また配慮が必要なことではありますが、しかしこれは安倍首相だけが決断できること。今井秘書官は経産官僚として日中貿易、インバウンドを推進したいし、何より親中派の二階俊博幹事長との関係も深いので、今井秘書官からはその声は出てこない。安倍首相がもっと早く決断をすべきことでした。

ここが、安倍外交の変質と私が言う点です。

安倍首相は第一次政権から「価値観外交」を基軸にしていましたが、第二次政権ではアメリカとの関係を基軸に置きながらも中国やロシアに秋波を送る「バランス外交」に変え、親中路線になった。その総仕上げが習近平主席の国賓来日だった。そのために、新型コロナの初期対応が遅れてしまったのです。

「二階一強」構造の問題

二階幹事長について言っておくと、日本の政界と中国とは長い歴史がありますが、現在の「親中派」筆頭といえば、二階幹事長でしょう。

二階氏は県会議員出身。別に中国と太いパイプがあったわけではありませんが、2000年の小渕政権の時に運輸相を務めて北京を訪れました。その時、中日友好協会幹部にこんな”はったり”を言いました。

「今年は2000年だから、2000人の日本人の友人たちと一緒に、中国を再び訪れたい」

そして運輸相のポストを使って、観光業界や航空業界など業界団体に呼び掛けて、2000人を上回る5000人をかき集めて中国を再訪しました。前の訪中では中国共産党のトップクラスに会えなかったけれど、5000人を引き連れての訪中では当時の江沢民主席、胡錦濤副主席と共産党トップがずらりと揃っていた。

2000年はちょうど日中関係がおかしくなり始めていた頃で、中国としてもこの訪中は歓迎すべきものだったのです。

そこからパイプががり、何度も訪中を繰り返し、いつの間にか中国に関する重要な案件は二階氏を通さなければならず、また中国も言うことを聞いてくれる二階氏は都合がいいために重宝することになった。

国内を見れば、二階派は誰でも受け入れるので数は多い。まさに数は力という田中派の系譜です。数を揃えることで総裁選のキャスティングボートを握り、それによって自身の存在感を高めていく。幹事長でもあるので、自民党の金を自由に使えるのも大きい。

この「二階一強」は、自民党の構造的な問題でしょう。もはや、党内で論議は行われていないに等しい。「習近平国賓来日」に関して若手議員が反対をしていましたけど、おとなしいもので、かつての青嵐会のような激しさはありません。

ことほど左様に、自民党は変質しましたが、それは官僚組織にも言えることです。

かつてはエリート中のエリートが官庁、特に財務省、経産省に入っていくものでしたが、平成に入ってからはそういう傾向が少なくなり、もちろん優秀な人が一握りは存在しますが、大部分は”そうではない”人が占めるようになってしまった。優秀とは何も頭の良さだけでなく、時に「職を賭してでも」という気概をもって仕事に当たれるかどうか、ということです。

そういう人材が減ることは、政治主導の裏返しではあります。政治主導を目指せば、結果的に官僚の力が弱まってしまう。しかし、それにしても劣化が激しい。その顕著な例が文部科学省と厚生労働省で、言われたことしかやらない。自分から率先して仕事をしない。厚労省のケースは、新型コロナ対応を見れば明らかでしょう。

やっぱり小池は駄目

このように様々なことが変質していくなかで、コロナ後の日本の政治はどうなるのか。

まずはっきりしたのは、野党には政権は任せられないということ。

1月22日に行われた代表質問で、立憲民主党の枝野幸男代表は、新型コロナを素通りして「桜を見る会」を取り上げました。たしかにこれは問題があり、指摘するのも理解できますが、目の前にある危機を無視してまでやることではありません。

枝野代表に限らず、蓮舫副代表なども、野党議員は代表質問でコロナ問題にはほとんど触れませんでした。

この日だけでなく、武漢が閉鎖されたあとも、野党議員はひたすら「桜を見る会」ばかり。これでは、いくら安倍政権が失点しても野党待望論は起きない。危機予知能力どころか、現在ただいまの危機すら認識していないのですから。

そんな野党の中で維新の支持率だけが上がった理由は、大阪の吉村洋文府知事がコロナ対応で善かれ悪しかれ脚光を浴びたからでしょう。

コロナ後の政治において、こういうタイプの政治家が出てきたことが一つの”救い”になります。指導力、リーダーシップを発揮し、自ら動く。間違いがあれば撤回し、謝罪と反省をしてまた次へと動いていく。言い換えれば、「行動を国民に見せる」タイプの政治家です。

ちなみに、小池百合子都知事は権力に対する執着があからさまに出ていて、たとえば今回のコロナ対応でも次の選挙にげようとしているのが透けて見える。彼女の場合、もう少し政治的野心をコントロールしないと駄目です。

ともあれ、日本の首長は大統領型で、総理大臣に比べてリーダーシップを発揮しやすい。その点で、今回の新型コロナ対応では優劣がはっきりし、大阪の吉村知事と松井一郎市長のコンビはうまく力を発揮できた。それが維新の支持率にがった。

今後は、地方首長のなかから国政を担う政治家が出てくることになるでしょう。いかに見える形でリーダーシップを国民に見せるかが、政治家の大きな課題になる。

これはむろんポピュリズムと紙一重で、危うさを孕んではいますが、もうこういう形でしか国民は政治家についてこない。

前代未聞の予算組み替え

実は新型コロナ対応をめぐって、誰も指摘していない大きな出来事が一つありました。

政府・与党は新型コロナの経済対策として、減収世帯に限った30万円給付案を考え、補正予算案を組んでいましたが、国民から猛反発を受けて、対象を絞らずに一律10万円を給付する案に切り替え、補正予算案も新たに組み替えました。

「予算を組み替える」なんて前代未聞のことです。しかも連立を組んでいるとはいえ、他党である公明党の要求をんだ形になる。本来なら、これだけで内閣総辞職ものの失態と言えるのですが、非常時ゆえに問題視されずに終わりました。

しかし見方を変えたら、「予算を組み替えることができる」前例になったと言えます。これまで政府は財務省が決めた案を提案し、きっちり国会で通すことが役目でした。前例主義の国会では、予算を組み替える前例がないので、それを通すのは当然だった。

ところが今回、前例ができてしまったので、今後は財務省の案に対して、与党が考えを示し、組み替えさせることができるようになった。政治主導として、これはエポックメイキングな出来事と言えるのです。

新型コロナウイルスは日本の政治をはじめとして、様々なことが変化するきっかけになる。それをできるだけ良い変化にするのが、我々の務めです。

乾正人 | Hanadaプラス

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