タイガースファンが許せない電車 「鉄道なにコレ!?」第11回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

阪神武庫川線を走る「赤胴色」の7861形と7961形=兵庫県西宮市で筆者撮影

 プロ野球セ・リーグの人気球団「阪神タイガース」を抱える関西の大手私鉄、阪神電気鉄道の伝統色となっていた「赤胴車(あかどうしゃ)」と呼ばれるクリーム色と朱色のツートンカラーの車両が6月2日で運行を終えた。1958年の登場から約62年走ってきた塗装が消え、本線を走る車両はタイガースの“宿敵”をほうふつとさせる色に塗り替えられただけに虎党の心中は穏やかではない―。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽「あの球団」の色

 「名前も言いたくない『あの球団』の色を変えることはできないでしょうか」。阪神電鉄の親会社、阪急阪神ホールディングス(HD)が大阪市で2017年6月13日に開いた定時株主総会で、男性株主がそう苦言を呈したのが話題となった。阪神電鉄の急行などで運用する主力車両8000系と9300系はオレンジ色と白っぽいベージュ色を上下に組み合わせたツートンカラーに塗装され、床下機器は黒色だ。阪神タイガースの競合球団、読売巨人軍のチームカラー(白とオレンジ、黒)を想起させるのが気に入らないというわけだ。

 会社側は「変更の予定はない」としながらも、「次のリニューアルでは社内で議論したい」と含みを持たせた。同じように1年後の18年6月13日の定時株主総会でも通称“ジャイアンツ色”電車を「変えるべきだ」という声が寄せられたという。

通称“ジャイアンツ色”で塗られた阪神電気鉄道9300系=兵庫県尼崎市で筆者撮影

 そんなタイガースファンから不興を買っている通称“ジャイアンツ色”電車は、手始めに2001年3月に登場した9300系に採用された。当時は共同通信社の大阪支社経済部に所属し、鉄道業界を担当していた私も「変な色だなあ」と違和感を覚えていた。

 だが、この塗装はまだ少数派で、存在感は限られていた。当時の阪神電鉄の急行車両で主力だったのは赤胴車だったからだ。

 ▽消えた“最後の砦”

 しかし、赤胴車は「最後の砦」となっていた兵庫県西宮市の武庫川―武庫川団地前(1・7キロ)を結ぶ武庫川線から6月2日を最後に消えた。

 高度成長期に登場した赤胴車は、テレビアニメ化されるなど人気を呼んだ漫画作品「赤胴鈴之助(あかどうすずのすけ)」にちなんで命名された。一方、各駅停車に使われる車両はクリーム色と青色を上下に組み合わせたツートンカラーで装飾されて「青胴車(あおどうしゃ)」と呼ばれた。

六甲山地をバックに阪神本線を走る「青胴色」の5000系=兵庫県西宮市で筆者撮影

 青胴色は大阪梅田駅(大阪市)と元町駅(神戸市)を結ぶ阪神本線(32・1キロ)で今も活躍している。一方、登場時は赤胴色だった8000系が通称“ジャイアンツ色”に塗り替えられ、ステンレス製の新型車両も導入されたのに伴い、赤胴色は15年に本線の営業用車両から引退していた。

 阪神電鉄は昨年12月に発表した「移動等円滑化取組計画書」で、武庫川線に残っている赤胴車を20年度に全て置き換えると公表。風前のともしびとなった赤胴色に別れを告げるべく、私は兵庫県内にある家内の実家を訪問した際に乗りに行った。

 阪神本線に乗って到着した武庫川駅は、武庫川の上にプラットホームがあるという珍しい構造だ。武庫川は市の境になっているため、ホームのうち西側の部分は西宮市に立地するのに対し、東側は兵庫県尼崎市にある。西宮市にあるホーム西側から延びる連絡通路を通って階段を下りると、昔ながらの赤胴色をまとった2両編成の電車が待ち受けていた。

 ▽昭和時代にタイムスリップ

 停車していたのは先頭部に丸い前照灯が上部の左右に1個ずつあり、それらの間に「ワンマン 武庫川↔武庫川団地前」の文字が躍る行き先表示を配置した7861形と7961形の2両編成だ。この日乗った編成は1968年の製造から実に半世紀余り活躍してきた“ベテラン選手”だ。

 客室のドアが1枚だけの片開き扉なのは、阪神電鉄で当時唯一の生き残りだった。客室の開閉できる窓は上下2段の2枚窓となっており、昭和時代にタイムスリップしたような感覚に襲われた。そんな感慨にふけっていたのは私だけではなく、赤胴車の勇姿を記録しようと沿線には数々の鉄道愛好家たちが訪れていた。

阪神武庫川線を走る「赤胴色」の片開き扉の7861形と7961形の車内=兵庫県西宮市で筆者撮影

 午前8時台に出発した電車は武庫川に沿って南下し、武庫川団地前駅へ向かう。三大都市圏に残る単線のローカル線を古びた2両編成の電車がゆっくりと走る様子は、まるで時の流れにあらがっているかのようだ。

 隣の東鳴尾駅は行き違いができる島式ホームになっており、同じ赤胴車の武庫川行きが先に着いて武庫川団地前行きの到着を待っていた。武庫川線では10分おきに走る朝夕のラッシュ時は、二つの編成が運用して東鳴尾駅で行き違う。20分おきに走る日中は、1編成だけが行き来するのだ。

 ホームの反対側に止まっていたのは7890形と7990形の2両編成だ。正面形状は7861・7961形とうり二つだが、客室のドアで見分けることができる。7890・7990形は、2枚の扉が左右に向かって開く両開き扉を採用している。両開き扉はドアが開いた時の空間を片開き扉より広げられ、開閉にかかる時間も短縮できるため、通勤通学客が利用する車両で広く用いられている。

阪神武庫川線の東鳴尾駅(兵庫県西宮市)で行き違いをする「赤胴色」の7890・7990形と、7861・7961形=筆者撮影

 東鳴尾駅から隣の洲先駅までは400メートルと、いずれの駅間距離も1キロに満たない武庫川線の中でも最短区間だ。それでも、鉄道の駅間距離が日本一短い松浦鉄道佐世保中央―中佐世保間(長崎県佐世保市)と、筑豊電気鉄道の黒崎駅前―西黒崎間(北九州市)の約200メートルと比べると2倍の距離だ(詳しくは「鉄道なにコレ!?」第9回「“二つの日本一”に囲まれた駅」ご参照、https://this.kiji.is/623402968795497569?c=39546741839462401)。

 洲先駅から600メートル進んで着いたのが、終着駅の武庫川団地前だ。全線乗ってもわずか6分で着いた。駅の隣にかつて立地していたのが阪神電鉄の子会社だった鉄道車両メーカーの旧武庫川車両工業で、7861・7961形を含めた多くの車両を生み出した。

 ▽株主の声が届いた!?

 赤胴車が武庫川線でラストランを迎えた翌日の今年6月3日、代わりに登場したのがワンマン運転できるように改造した2両編成の5500系、4編成(計8両)だ。うち1編成が尼崎駅(尼崎市)の近くに止まっている姿をデビュー前に見つけ、その外観に度肝を抜かれた。黄色い車体に黒いラインが入った塗装は、まさしく“タイガース色”なのだ。

 阪神電鉄によると、武庫川線が走る西宮市内にはタイガースの本拠地の阪神甲子園球場や二軍の本拠地の鳴尾浜球場があるため、4編成とも野球をテーマにしたデザインを採用した。中でも“タイガース色”の編成は「タイガース号」と名付けられ、虎のイラストをあしらったタイガースのロゴもちりばめた「猛虎電車」と呼ぶのにふさわしい仕上がりだ。

 阪急阪神HDの株主総会で通称“ジャイアンツ色”電車への批判が再燃することがあれば、経営陣は手ぐすね引いて待っていたかのようにこう答えるのではないだろうか。「ファンの皆さまの熱い声に応え、阪神武庫川線でタイガース号を好評運転中です。是非ご乗車ください!」

 ところが、それでもタイガースファンの株主への「満額回答」にはなっていない。なぜならば、17年と18年の株主総会で株主が要求していたのは通称“ジャイアンツ色”を塗り替えることだったからだ。

 すなわち、塗装変更を求める虎党の阪急阪神HDの株主がおり、阪神電鉄の伝統カラーだった赤胴車の消滅を惜しむ鉄道愛好家もいる。さらに、アンチ巨人軍の赤胴車ファンも私以外に大勢いるのではないか。

 タイガースがペナントレースで巨人軍を封じ込めることに願いを込め、通称“ジャイアンツ色”電車を塗り替えて“封印”し、伝統ある赤胴車を復活させることを要望したい。

阪神武庫川線を走る「赤胴色」の7861形と7961形=兵庫県西宮市で筆者撮影

 【阪神電気鉄道】関西の私鉄大手で、阪急阪神ホールディングスの全額出資子会社。営業キロは48・9キロと、大手私鉄16社の中で神奈川県を走る相模鉄道(38・1キロ)に次いで2番目に短い。本線と神戸市内の神戸高速線、武庫川線、尼崎―大阪難波をつなぐ阪神なんば線を抱える。山陽電気鉄道や近畿日本鉄道と相互直通運転をしており、大阪梅田―山陽姫路(兵庫県姫路市)を結ぶ直通特急や、大阪難波駅経由で神戸三宮(神戸市)―近鉄奈良(奈良市)などをつなぐ快速急行も走っている。阪神電鉄の2019年度の売上高は847億円、最終的なもうけを示す純利益は93億円。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、月1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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