コロナ禍で産地直送のネット通販急成長 生産者と消費者をITつなぐ

 

 新型コロナウイルス流行で、経済が大きなダメージを受ける中、生産者と消費者をスマホなどITでつなぐ新興の産地直送ネット通販が、大幅に業績を伸ばしている。2016年にサービスを開始した「ポケットマルシェ」(岩手県花巻市)は、コロナ流行前の2月に比べ5月の注文数が約20倍増、5万人だった登録ユーザーは6月には3倍以上の18万人に達した。17年にサービスを開始した、ビビッドガーデン(東京)の運営する「食べチョク」も同期間に注文数が74倍増、ユーザー数は9・3倍の急成長で、ポケットマルシェと競い合う。生産者と消費者の意見交換も活発で、流通の姿を変える台風の目となっている。(共同通信=橋田欣典)

取材に応じる「ポケットマルシェ」の高橋博之さん

 ▽怒濤の2カ月

 「東京のスーパーから食材が消えるといった報道があったころから、利用者も登録生産者もどんどん増える怒濤(どとう)の2カ月だった」。ポケットマルシェの最高経営責任者(CEO)高橋博之さん(45)は振り返る。3月末の東京都の外出自粛要請、4月には国の緊急事態宣言で外食が止まり「その分、こっちにわっと来た」と語る。

 食材の注文だけでなく、出店を希望する全国の農家、漁師ら登録生産者の数も2月の約2千から2800以上に伸びた。飲食店やイベント、給食向けに出荷できない生産物を個人に直接売ろうという動きだ。「生産者と消費者が直接つながる世界がやって来ると信じていた」という高橋さん。「丸のまま魚が届き、切り身しか見たことがなかった子どもが感激し、父親が久しぶりに包丁をふるって家族がにぎやかになった。生産者は手塩にかけたのに処分するしかなかった食材に“おいしかった”のコメントを受け取り、勇気づけられた」と話す。

 「生産者」と「消費者」が互いに顔で見える関係に、言い換えれば食材を「生産する」地域と「消費する」都会を直接つなぐという高橋さんの取り組みは2013年に始まった。特集で生産者を取り上げ、生産した食材と一緒に届けるというユニークな情報誌「東北食べる通信」(東北開墾発行)を発行。反響を呼び、同様の情報誌が各地で創刊され、統括団体として「日本食べる通信リーグ」が発足した。取り組みは地方紙と共同通信が開催する「第7回地域再生大賞」(16年度)で準大賞を受賞した。

 ITを活用したポケットマルシェは、食べる通信でつながった関係を継続させるためのアイデアだった。「双方ともスマホを持っているから、アプリをつくろうということで始めた」と高橋さんは話す。消費者は、出店した農家や漁師が提供する食材を、スマホで検索して注文。直接、生産者とメッセージのやりとりもできる仕組み。今年5月に食べる通信事業をポケットマルシェに統合した。高橋さんは「どちらも、生産者と消費者のつながりをもっと日常の食生活で深めることを目指している。それぞれのリソースを合わせ、スピード感を上げて、社会的インパクトを大きくしたい」と狙いを説明する。

ポケットマルシェのサイト画面

 ▽パクチーでオンライン飲み会

 利用している生産者の話を聞いた。エスニック料理に使われる香草、パクチーを7年前から佐賀県武雄市で栽培している江口竜左さん(32)。コロナで取引の大半を占めていた大都市の飲食店が相次いで休業する事態に見舞われた。2・5ヘクタールの農園が昨年8月の大雨で被災し、やっと生産が回復したタイミングでのコロナ禍直撃だった。

 「パクチーを“つくっては捨てる”状態」と江口さん。しかしポケットマルシェに連絡を取り、3月末、サイトにアップすると100人以上から注文が寄せられた。500グラムで約1400円。メッセージやレシピも同封し「新鮮で香りがすごくいい」「応援しています」と消費者からは声援を受けている。

 パクチーをつまみにビールで初めてのオンライン飲み会も開催した。江口さんは「畑の現場を、ネットを通じてきちんと消費者に伝えたい。子どもを連れて畑に行きたいと思ってくれれば」と意気込む。

佐賀県武雄市でパクチーを栽培している江口竜左さん(本人提供)

 ▽食への姿勢に変化が起きた

 コロナ禍での産直ネット通販の伸び。「神風が吹いているな」とバブルのように周囲から言われることに、ポケットマルシェの高橋さんは強い違和感があるという。「満員電車で通勤し、家族とご飯を食べる機会がないことが当たり前になっていた人々が、その方がおかしいと気付いた。忙しさにかまけて栄養補給のみを目的とした食事をしてきたが、それではスマホの充電。僕らはロボットではなく人間だ」と食への姿勢に変化が起きたと指摘する。「食材の生みの親である自然、育ての親である生産者に、消費者が直接つながり、感謝しながら家族、友人、愛する人と食卓を囲む。そういう暮らしは環境にもやさしいはず。できれば近場の生産者から旬の食材を買って無駄なく食べるのが気候危機への行動でもある」と訴える。

 「ソーシャルディスタンスの問題もあり、これまでのようにはできないが、リアルの場で生産者と消費者がつながるポイントをつくっていきたい」と高橋さん。生産者と消費者をつなぐキュレーター、目利きのような存在を育てて「ママ友を集めてオーガニック野菜の売り場を開く」といった構想も描く。直販はひとつひとつの送料がかさむことが課題だが、高橋さんは共同購入への展開を考えている。「隣近所のつきあいをしない若い人々が多いが、商店街の空き店舗、コンビニ、勤め先の会社などいろんなところに食材を受け取れる〝ピッキングポイント〟を設ければ、まとめて送ることができ、その分、送料が安くなる。そこにコミュニティーもできるかもしれない。自分が欲しいものを同じ地域でつくっていたら直接、取りに行ってもいい」とポストコロナの新たな流通に期待を寄せる。

 ▽提案型の「食べチョク」

 ポケットマルシェのライバル的存在が「食べチョク」だ。コロナ禍では〝食べて応援〟プログラムを展開した。「1カ月で3トンのタマネギ、2週間で8千個の牡蠣(かき)、1週間で2・3トンの文旦(ぶんたん)が売れた。飲食店やイベントといった売り先を失った生産者と、外出できない消費者に喜んでもらえた」と広報の下村彩紀子さんは話す。登録生産者も2月末の750から1700を越えた。

 食べチョクの特色は、消費者が買いたいと思わせるよう「生産者に企画や売り方を提案するスタンス」だ。数多くある野菜セットから何を頼んだらいいか分からない消費者、マッチする食材を作っているが写真や文章で紹介するのが苦手という生産者を、食べチョクの「コンシェルジュ」がつなぐサービスを下村さんはアピールする。さらに食材に応じて、有名シェフがオリジナルのレシピをつくり一緒に送るサービスを4月に始めた。「千件以上売れている。シェフにも利益を還元する」と話す。

 今後、自治体や他業種の企業とも提携。消費者と生産者が直接、会うことができる農業体験や食事会などにも力を入れる。消費者同士、生産者同士の連携や、送料の抑制など、ポストコロナの物流改革に積極的に取り組むという。

 そのような動きの一環として、食べチョクは6月23日、佐賀県との連携を、ポケットマルシェと同時発表した。両社が県内の生産者を30人ずつ募集し、3カ月かけて通販のノウハウを伝授、出品も支援する。販売促進用のクーポン券も生産者に配布し、特設ページも開設する。県の窓口となる、さが県産品流通デザイン公社は「生産者のITスキルも向上させ、販路を定着させたい」と話す。

食べチョクのトップ画面=同サイト提供

 ▽都市と地方の連帯強化も

 地域づくりに詳しい藤波匠・日本総合研究所上席主任研究員は「コロナ禍をきっかけに消費者は、大きなスーパーに行かなくても良い商品があることを知った」と産直ネット通販のインパクトを語る。「今後、スーパーに戻る人も多いだろうが、価格以外の価値を重視する消費者は、生産者、地域とのつながりを選択するだろう。都市と地方の両方に暮らす2地域居住や、出身地とのネットワーク構築などにも目が向かっていくのではないか」と、産直流通を契機とした都市と地方の人々との連帯強化を期待した。

© 一般社団法人共同通信社