東京五輪の聖火はどこへ消えた?

リレー延期、来年夏までともり続ける

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ギリシャ・オリンピア遺跡のヘラ神殿跡で行われた東京五輪の聖火採火式(共同)

 全国47都道府県、859市区町村を121日間かけて回る東京五輪の聖火リレーが福島県からスタートするわずか2日前の3月24日、五輪の延期が決まった。世界的にまん延する新型コロナウイルスの影響だ。はるばるギリシャから到着した聖火は、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城、岩手、福島3県での巡回展示を経て、いよいよ全国に向け出発しようとする矢先だった。リレーは取りやめになり、そしてその火はわれわれの前からひっそりと姿を消した。来年夏の五輪まで、この国のどこかでともり続けているはずだが、一体どこへ消えたのか。この間の顚末(てんまつ)を追った。(共同通信=渡辺学)

 ▽回れ右

 古代五輪の舞台となったギリシャ・オリンピア遺跡で太陽光から採火され、ランタンに収められた東京五輪の聖火は3月20日、特別輸送機「TOKYO2020号」で宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地に到着した。

特別輸送機で到着した東京五輪の聖火を掲げる野村忠宏さん(中央左)と吉田沙保里さん(同右)=3月20日、宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地

 「復興の火」として宮城、岩手、福島各県を6日間かけて巡回展示された後、福島県楢葉町と広野町にまたがるサッカー施設「Jヴィレッジ」からリレーが同26日にスタートする予定だった。

 ただ、事態は急転する。安倍晋三首相が24日夜、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と電話で会談し、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を踏まえ、史上初の五輪延期を表明した。これに伴い国内聖火リレーも延期に。だが、IOCは聖火が日本にとどまるとの声明を出した。

 福島県警のある幹部は頭を抱えた。この日、被災地を巡回してきた「復興の火」は福島市で展示され、既に聖火は県内に入っていたからだ。聖火は厳重な管理が求められ「海外の要人を警護するのと同じくらいの労力が必要」なほど神経を使うという。その火をどうするのか。別の県警幹部はこうぼやいた。「せめて聖火だけでも回れ右してギリシャに戻ってもらえないだろうか」

 ▽福島で預かる

 大会組織委員会の森喜朗(もり・よしろう)会長は五輪延期が決まった24日夜、福島県の内堀雅雄(うちぼり・まさお)知事に「聖火を一定期間、福島県で預かってくれないか。これは安倍首相の発案だ」と電話で打診した。内堀氏は「喜んで引き受けたい」と応えたという。

安倍首相とIOCのバッハ会長との電話会談後、記者会見する大会組織委の森喜朗会長=3月24日

 関係者によると、森、内堀両氏の電話会談は午後9時半ごろから約3分だった。内堀氏は周囲に「大会理念である震災からの『復興五輪』を体現する証しとなる」と語り、福島での展示を喜んだ。2人の間で、とんとん拍子で話しがまとまった。

 福島県は急きょ聖火の展示場所を選定し、リレーのスタート地点だったJヴィレッジで4月2日から30日まで約1カ月間の一般公開を決めた。宿泊施設を備えた建物のホールに、高さ約30センチ、重さ約1・8キロの特製ランタンが置かれ、ろうそくの火ほどの小さな明かりがともった。

 聖火の警備は奇妙な態勢が取られた。公開の責任は福島県が負うため、聖火が展示される午前9時から午後4時までは県職員が民間警備会社の協力を得ながら自主警備に当たった。既に聖火の警備態勢を解いていた県警も、不測の事態に対応できるよう常時駆け付けられるようにした。

 だが聖火そのものの管理責任は大会組織委にある。毎日、展示が終わると組織委の担当者がランタンを運び出し、車で移送した。保管場所は県の担当者にも知らされなかったという。そして毎朝、聖火はワゴン車に乗せられ、どこからともなく会場まで運ばれた。

 観覧者は、新型コロナ感染対策で手指の消毒と、他の見学者との間隔を1メートル以上空けるよう求められた。しかし公開初日は平日だったため、訪れる人はまばら。数少ない来場者も「自宅から車で10分ほど」と、近隣住民がほとんどだった。ホールを見渡すと警備員と県職員、報道関係者の姿ばかりが目についた。

 ▽ひっそり福島県外に

 Jヴィレッジでの展示は、たった1週間であっけなく幕切れとなった。大会組織委は4月7日夕、聖火の一般公開を8日以降中止すると発表した。新型コロナの感染者数は、国内で累計4439人に上っていた。政府は東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に緊急事態を宣言し、緊張はピークに達していた。

Jヴィレッジで展示された、東京五輪の聖火がともるランタン

 「未知のウイルス相手では仕方ないですね」。県の担当者は肩を落とした。聖火リレーの突然の延期から怒濤(どとう)の2週間が終わり、聖火はひっそりと県外に持ち出された。聖火は大会組織委の管理下にあるが、保管場所は保安上の理由から「極秘」だ。聖火が今後、一般展示されるかどうかも未定という。

 ただ、火はIOCの指針で大会閉幕まで燃え続けなければならないと定められている。来年の聖火リレーを控え、火は日本のどこかでともり続けているはずだ。

 閣僚からは、地方創生の一助として、聖火リレーのルートに入っていない山間部など各地で披露する案も上がっているが、新型コロナの感染状況を踏まえての検討となる。

 途中で打ち切りとなったJヴィレッジでの展示が再開される可能性はあるのだろうか。福島県の担当者によると、都道府県境をまたぐ移動自粛要請が6月19日に全面解除になって以降も、大会組織委から県に「なんの音沙汰もない」という。