新型コロナ会見巡り、県と市が対立 意思疎通欠け、住民への情報提供に支障懸念も

By 石川 陽一

停泊中のクルーズ船で初の新型コロナウイルス感染者が確認され、記者会見する長崎県の中村法道知事(左)と長崎市の田上富久市長=4月20日、長崎県庁

 全国各地に新型コロナウイルス感染が広がり始めた今春、感染者について発表する際の対応を巡り、県と市が対立するケースがあった。記者会見を押し付け合ったり、逆に主導権の取り合いになったり、どこまで情報を出すかで意見が食い違ったりした。背景には双方の意思疎通の欠如があるとみられる。行政間の〝もめ事〟は住民への情報提供に支障を来す恐れがあり、識者は「非常時に足の引っ張り合いをしている場合ではない」と指摘している。(共同通信=石川陽一)

 ▽「お見合い」状態

 「えっ、発表は県が主導するはずじゃなかったの。市でやるつもりはなかった」。4月21日午前、新型コロナウイルスの記者会見の開始見通しを尋ねた記者に、長崎市幹部は慌てた様子で釈明した。前日の夜、長崎県と市は合同で記者会見を開き、市内に停泊していたイタリア籍クルーズ船「コスタ・アトランチカ」の乗員1人の陽性を確認したと発表。当時は623人が乗船し、クラスター発生や市中への感染拡大が懸念されていた。

 一方、県広報課の担当者は「陽性者を検査した保健所があるのは市。情報が入るのも県より早いだろうから、会見は向こうでやってほしい」と主張し、どちらが情報提供の主体となるかで「お見合い」状態が生じていた。報道陣は再三、記者会見を開くよう双方に申し入れ、調整を待った。

 結局、再び県と市が合同で記者会見することで落ち着いたが、始まったのは午後7時半ごろ。新たに乗員57人の検体を検査のために採取したことなどが明らかになったが、午後6時台に放送されるテレビニュースには間に合わなかった。会見では中村法道知事らが質疑に応じる一方、田上富久市長は「時間の都合がつかなかった」として欠席した。

長崎港に寄港したイタリア籍クルーズ船「コスタ・アトランチカ」=4月23日撮影

  ▽個別取材の自粛

 新聞、テレビ、通信社の計13社で構成する長崎県庁の記者クラブ「県政クラブ」は4月、県が新型コロナに関する会見を原則1日1回、午後3時に開いて最新情報を提供することで県側と合意。「個別に取材を受けていたら現場の業務に差し支える」という県側の意向を踏まえ、会見以外は原則、担当課への個別取材をしないことにした。ところが、21日午後3時になっても県は会見を開かず、市側に問い合わせても「県の担当課と協議中」との返答が続いた。

 早稲田大の野中章弘教授(ジャーナリズム論)は「『非常時だから』を理由にして独自取材を放棄するような協定は安易に結ぶべきではない」と指摘する。「情報は市民のもの。行政は透明性を持って説明する責任が、報道にはそれを引き出して内容を吟味する役割がある。結んでしまった以上は、結果的に市民の利益になったのかを考えなければならない。メディア側が県の情報統制に加担していなかったかの検証が必要だ」と話した。

  ▽ちぐはぐな対応

 翌22日からは県が主導して定期的に会見するようになり、クルーズ船が6月に出港するまで続いた。ただその中でも、県が「調査中」と述べた乗員の感染時期について、市は専門家の見解を動画にして独自にインターネット上で公開するなど、ちぐはぐな対応がみられた。

 地元の民放各局は会見の様子を動画投稿サイト「ユーチューブ」で生中継。再生数が1万回を越えたものも複数あり、質疑の内容はツイッターで拡散され、市民の関心の高さをうかがわせた。クルーズ船の停泊場所近くに住む50代の女性は当時の取材に「会見を視聴してもテレビや新聞のニュースを見ても、何が正しいのか分からず、怖くて外も歩けない」と不安を漏らしていた。

 ▽鳥取、富山でも

 鳥取では、4月10日に感染を確認した男性に関する情報の取り扱いを巡り、平井伸治知事と深沢義彦鳥取市長が対立。この男性は3月下旬、米国やイタリアなどから市が招いた外国人砂像作家17人を飲食店に案内していた。深沢市長側は「男性が飲食店に行ったことだけを公表するべきだ」と主張し、市は外国人作家を案内した事実を会見で公表しないよう県に要請した。これに対し平井知事は、不正確な情報を基にに市民の間でうわさやデマが広がる可能性を懸念し「外国人との接触は言わざるを得ない」と説得した。

 富山でも、3月30日に感染を確認した富山市在住の患者について、市より早く県が報道陣の取材に応じたとして、森雅志市長が「パフォーマンスに走りすぎだ」と石井隆一知事を非難する場面があった。

新型コロナウイルスの情報提供を巡る県と市の主な対立

 元鳥取県知事で早稲田大大学院の片山善博教授(地方自治論)は「新型コロナは感染症法に基づいて対応するので、基本的に主導権を握るのは県」としつつ「県と市の反りが合わないことは現実としてよくある。県庁所在地のような大きな自治体はプライドも高い」と言う。自身が知事の時は県と市町村の職員同士を積極的に交流させて相互理解に努めたといい「非常時に問題が起こらないよう平時から意思疎通を図るべきだ」と強調した。

© 一般社団法人共同通信社