【THIS IS MY CLUB】FC町田ゼルビア、「改名騒動」を経て大友健寿社長が語ったクラブの未来

いよいよ再開される2020シーズンの明治安田生命Jリーグ。

27日に再開するJ2では、自動昇格2枠となったJ1への切符を20チームが争うことになる。

FC町田ゼルビアは昨年、悲願のJ1ライセンスを取得。しかし、クラブ名の変更騒動はそれ以上に大きな話題となってしまった

あの騒動の裏側には、いったい何があったのか…。

Qolyは今回、「DAZN Jリーグ推進委員会」の一員としてメディア連動企画「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE - 」に参画。

リスタートに向けたJリーグクラブの、今だからこそ届けたい“生の声”をお伝えする。

今回話を聞いたのは、FC町田ゼルビアの大友健寿取締役社長。

FC町田の“生え抜き社長”である43歳の大友氏に、名称変更騒動の詳細や、FC町田ゼルビアが全町田市民に応援されるために必要なこと、9年ぶりのランコ・ポポヴィッチ監督招聘など、率直にいろいろぶつけてみた。

(取材日:2020年6月18日 ※インタビューはリモートにて実施)

齟齬から生まれた“東京騒動”

――まずは新型コロナによるクラブへの影響や現在の状況を教えてください。開幕直後の2月末にリーグ中断が決まり、4か月近くが経ちました。

感染者の多い東京ということで、特に現場、選手周りのところに関してはピリピリしながら徹底してやってきました。今のところ幸いにも現場から感染者が出ていない状況ですが、いつどこでどうなるか分からないウイルスですので、緊張はまだまだ続くのかなというところですね。

クラブのほうは社員もリモートワークを徹底したり、ホームゲームがないものですから、会社として今できること。外部に対してのことや社内の環境整備など普段できないことに取り組んできました。

僕らのクラブはJ2ですし、メディアに取り上げていただく機会もありません。

こういう状況のなか、今何ができるかということで、「ゼル塾」(※子どもたちにゼルビアにまつわることを題材に国語・算数などの問題をネット配信)や選手による手洗い動画メッセージの配信、日本赤十字と提携して選手による医療従事者への御礼メッセージ、町田市内飲食店の集客PRサポートなど、外に対してシーズン中と変わらないくらいのPRはできていたのかなと思っています。

リーグ再開に向けてはJリーグおよび各委員会でよく話をしていて、Jリーグのプロトコル(手順)に基づいて粛々と準備をしている状況です。

――FC町田ゼルビアは7月4日のモンテディオ山形戦がホームでの再開初戦になります。そちらに向けてはやはり普段とは少し違う準備ということになるのでしょうか?

無観客の段階ではまだそこまでストレスはないかもしれません。しかし、いざお客さんを入れるとなったときの対応として、僕らもそこまで体力のあるクラブではありません。

人員の問題であるとか、感染予防に対してプラスでかかる費用の部分は経営的に影響が出てくると思いますので、運営と経営的な側面では早く通常のスタジアムにファン・サポーターを入れられる状況になることを願っています。

――大友社長は10代の頃からFC町田に在籍してきました。何も知らない人に説明するとすれば、FC町田とはどんなクラブなんでしょうか?

サイバーエージェントグループに入る前までは市民クラブを全面に推しだしてきました。ただ、2018年にサイバーエージェントグループに入ったので、考え方や根本は大きく変わらないのですが変化は生まれています。

FC町田自体は1977年にジュニアチームができたのが始まりです。子供たちが作ったクラブと言いますか、ジュニア、ジュニアユース、ユース、そしてトップと、ボトムアップ型でできていったクラブになります。そこが多くのJリーグクラブと異なる点です。

町田は少年サッカーの街であったので、これまでも多くのJリーガーを輩出してきました。現在メインスタンドで観戦されている方も町田の場合はサッカーに携われてきた方が多くて、メインスタンドが試合中、判定やプレーに対してわりと“賑やか”なんです(笑)。

私も子供の頃からサッカーの街で、「FC町田はサッカーが上手い」「魅せるサッカーをして勝つ」という中で育ってきていますので、少年サッカーの街にできたJクラブというプライドは常に持っています。

――そうしたなかで昨年、クラブ名の変更が大きな話題となりました。名称変更はなぜ必要だったのでしょうか?

当時サポーターミーティングの中でも述べているんですが、まずサイバーエージェントのグループに入る際に『東京』と付けることに同意していました。ただ、その議論自体はグループ入りする前からずっとやっていたんです。

もちろん、市民クラブであり、町田という地域に特化しているのでそこを捨てるような気持ちはまったくありません。

ただ、経営の面で都心の大きな企業にアプローチするに当たって、『東京』があれば応援もできるという声もあり、悩みながらも「東京と付けるべきだよね」「ただし町田は外せない」「ゼルビアは愛称としても残せる」。こんな議論があり出した結論でした。社内でも役員会を含めそこは決まっていて、それからのサイバーエージェントグループ入りという流れになります。

しかしサポーターミーティングの場で問題となったのは、『東京』を付けるというよりは『ゼルビア』のチーム名を取るでした。そこは正直、サポーターの気持ちを汲みきれず、『ゼルビア』を取ることに問題ないと判断した私のミスです。

私はゼルビアと付く前のFC町田でずっと育ってきた人間だったので、逆にゼルビアと付けたときに「付けなくていいんじゃないか」と、FC町田のOBとして思っていました。

実際にそういう声は当時から結構ありました。「Jクラブが愛称を付けているから付ける。FC町田がそこに乗る必要はあるのか?」と。そういった歴史があり、FC町田の歴史はファン・サポーターの方々もよくご存じで、理解を得られるであろうと思っていたんです。

また、「世界へ行こう」とクラブとして打ち出すなかで、東京や町田といった地名はやはりホームタウンを持つクラブとして世界に出していきたいのですが、愛称はあくまで愛称です。世界へ出ていくのであれば、愛称は後でも良いのではないか…。そんなことがいろいろあり、ゼルビアを取った名称にすることで藤田オーナーとも話をしました。

歴史を踏まえて説明すれば理解を得られると私は考えていたのですが、ゼルビアと付いてからファン・サポーターになられた方が圧倒的に多かったため、そういう方々にとってのマイナスのインパクトを汲めず、あのような場(サポーターミーティング)を作ってしまいました。

改めて、ファン・サポーターのゼルビアへの思いを知ることになり、懇親会等を含めファン・サポーターと直接会話する機会も増えたことは、クラブにとってプラスでしたし、ゼルビアの愛称も取らないことになりました。

今後は、逆に「東京と付けたら?」と言われるようなクラブになれるよう組織を大きくしていければと考えています。

――たしかに、ゼルビアと付いてからも20年以上が経ちました。『東京』を何かしらの形で入れたいという考えは今もあるのですか?

今のところはありません。そういう声が上がったときにもう一回検討してもいいかな、という感じです。

――海外の視点で見たときにチーム名に『東京』があったほうがいいということでしょうか?

スポンサーなど経営的な面と海外の視点ですね。「町田を世界へ」を掲げるなかで、東京と付いているほうがインパクトがある、であろうと。

選手もしかりですね。海外の選手にも東京のチームだとひと目で認識されたほうが、より行きたいと思ってもらえて交渉がしやすくなることもありますから。

経営的な側面と、その瞬間に想いを持って選手を後押しするファン・サポーターの気持ち。この二つがうまく融合することは簡単ではありません。今回のことを経て、ファン・サポーターとともに改めて進んでいくことになりましたので、経営なところは少し置いておいて、というようなところですかね。

「新生FC町田ゼルビア」の未来

――今年、9年ぶりにランコ・ポポヴィッチ氏を監督として迎えました。再び招聘した理由を教えてください。

チームを6シーズン率いた相馬直樹監督が退任した段階で、自分たちのクラブを客観的に見て、まだまだ環境的にも弱いクラブだと感じました。ただ、その中でも勝っていかなければなりませんし、今後クラブとしては育成にさらに力を入れていく必要があります。

若手を育て、町田から世界へ送り出していく。厳しい環境の中でもそれができる監督として、強化部にリストアップしてもらった候補から最終的にポポヴィッチ監督に決めました。町田のファン・サポーターにも愛されている監督ですし、もう一度指揮を執ることを歓迎してもらえるだろうと。

――前回指揮をしたのは2011シーズンの1年間だけでしたが、インパクトはかなり強かったです(※JFLで3位に入りJ2昇格を達成。しかしポポヴィッチ氏はシーズン終了後、FC東京の監督に就任し、町田は1年で降格)。

J2で群を抜いて強化資金がないチームでしたが、ポポヴィッチ監督がJFLで素晴らしいチーム作りをしていましたので、あのまま続けてくれていたら翌年の降格はギリギリ免れたんじゃないか、くらいの思いは少しあります(笑)。

町田で結果を出し、J1クラブやスペインなどでキャリアも積んだポポヴィッチ監督をまた見たいという思いも今回ありました。

――ポポヴィッチ監督が戻ってきて、今シーズンの町田はどんなチームになっていますか?

現時点でのことなので難しいですけれど、ヴァンフォーレ甲府との開幕戦から20代前半の選手たちが多く出場し、しかも堂々とプレーしていました。そういった選手起用をやり切れるポポヴィッチ監督は楽しみだなという思いが強いです。

当然結果が付いてこない可能性もありますのでその辺りを見ながらではありますが、現状では結果はもちろん選手の育成の面でもすごく楽しみです。

※スコアレスドローだったヴァンフォーレ甲府との開幕戦。中盤から前は、髙江麗央(21歳)、佐野海舟(19歳)、吉尾海夏(21歳)、平戸太貴(23歳)の若手4名に外国人選手2名(マソビッチ、ステファン)という先発メンバーだった。

――選手を育てるといえば、再開初戦は育成に定評のある東京ヴェルディと対戦します。FC町田ゼルビアにとってヴェルディはどんな存在ですか?

僕らの子供時代からヴェルディさんとは、しのぎを削ってやってきた相手です。当時数少ないクラブチーム同士でしたので、リスペクトしながら戦ってきた歴史があります。

歴史から言えば東京ヴェルディさんは本当に華やかで、僕らが到底追いつけないであろうクラブとしてずっと見てきましたが、今こうやって同じ舞台で戦える状況になってきた。そこに至る様々な方々の支えに感謝していますし、自分たちのクラブの成長も感じています。

もちろん彼らを超えていきたい思いはありますが、全てにおいてまだまだヴェルディさんが上だと思っています。だからこそ再開初戦で選手たちが勝点をあげてくれればクラブとしてもすごく勇気が出ます。

――大友社長にとって“ミドリ”はどういう対象でしたか?憧れだったり、ライバルだったり。

プレーヤーだった頃はやっぱり負けたくない相手でしたね。彼らは上手かったですし、都会的なイメージである彼らに比べると町田はやはり田舎ですから(笑)。ジュニアやジュニアユースからオシャレでかっこいい雰囲気がある彼らを倒したい思いはありました。

ただJリーグ発足当時、初めて買ったTシャツはラモス瑠偉選手のデザインでした(笑)

――町田は周辺にJリーグだけでもたくさんのクラブがあります。育成面でも大変ですよね。

そうですね…。優秀な子供たちが外に行ってしまうケースも多くて、その流れを止めなくてはいけないという課題があります。

実はヴェルディさんで今年トップチームへ昇格した選手の中にも町田出身の選手がいました(※U-18日本代表の藤田譲瑠チマと石浦大雅は小学生時代、FC町田ゼルビアのスクールに通っていた)。

因縁なんて言ったら失礼ですけど、負けたくない気持ちはあります。

――引き留めるために工夫していることはありますか?

これからだと思います。やはり環境面がまず整わないことには留めることはできないと思っていますので、J1ライセンス認定基準を満たすトップチームの環境整備が終わったら、次はアカデミーのほうを進めていきます。

本当にJ1クラブだけでも周りにいくつもあるので、「町田を世界に示そう!」と子供たちに伝えられるくらいの環境を整えていくつもりです。

――トップチームの練習場の整備状況はどうでしょうか?その辺りのハード面は補強にも直接関わってきますよね。

間違いないですね。まもなく工事に入りますがプロジェクトが進んでいることは非常に明るいです。しっかり進めていきたいと思います。

※練習場が建設されるのは「こどもの国」の裏手にある町田市鶴見川クリーンセンターの敷地内。鶴川駅、こどもの国駅からともに徒歩25分ほど(約2km)の場所だ。土地は町田市が無償貸付。クラブが整備費を負担し、念願のJ1ライセンスを充足する施設となる。

――町田市には約43万人が住んでいます。FC町田ゼルビアが今後、全町田市民からサポートされるためには何が必要だと思いますか?

ホームの町田GIONスタジアムの改修を現在進めていて、これが終われば1万5000人収容のスタジアムになります(※工事は2021年2月完了予定)。

いずれはそのほとんどの席がホームのシーズンチケットホルダーで埋まって、アウェイの席がほとんどない状況を作っていきたいという思いがあります。それを実現するためにはやはり、全町田市民から応援いただかなければならないと思っています。

一方で、首都圏のチームの場合はサッカーやスポーツの他にもたくさん楽しいことがあります。Jリーグの試合を選ぶか、他のイベントを選ぶか常に競争にさらされています。

そうしたときに、サッカーの街として『サッカーで人を呼ぶ』には、普段のホームタウン活動等に加え、まずはJ1へ昇格する。これが世界をパッと変える大きな手段になると考えています。

というのも、町田はサッカーをプレーされている方が多く、土日は自分たちのサッカーがどうしても優先になってしまいます。ジュニアよりも下の年代から、上はオーバー70(※70歳以上)まで。そうなると、「J2だから観に行かなくても…」という方がやはり少なからずいると思うんです。

J1へ昇格して、FC町田ゼルビア自体が大きくなることはもちろんですが、より大きなJ1クラブと、町田で対戦する。これが実現すればクラブの価値をもっと多くの方に認めていただけると思います。

だからこそ、今は試合以外の工夫やホームタウン活動などの“種まき”やゼルビアらしい活動を地道に行い、町田市民に興味を持っていただきスタジアムへお越しいただくことで、多くのファンサポーターとともにJ1昇格という花を咲かせるときを共有したいと考えています。

――今シーズン、レギュレーションがいろいろ変わりましたが、昇格はもちろんあるのでそこを目指してということになりますね。最後に再開に向けて、ファン・サポーターへのメッセージをお願いします。

早くスタジアムで皆さんと、勝利して笑顔で喜びを分かち合えるような状況になることを願っています。

なかなか先が見通しづらいですが、そういう状況が来たとき、120%の力で選手たちを一緒に後押しできるよう準備していきたいと思っていますので、引き続き、ともに戦っていきましょう!

――ここだけは見てほしいというところはありますか?

相馬監督の時代が長かったので、ポポヴィッチ監督になって「町田のフットボール、変わったんだな」というところと、若手の躍動ですかね。もちろんベテラン選手の活躍にも期待しています。

私自身が変化に新鮮な驚きを感じているのでその辺りをぜひ見ていただきたいです。

2020 明治安田生命J2リーグ 第2節
東京ヴェルディvsFC町田ゼルビア
6月27日(土)18:00キックオフ

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