「100%フランス製」マクロン大統領のマスクが人気の事情

フランスは、外出制限解除から1ヵ月以上が経過しました。6月14日には4回目となるマクロン大統領のテレビ中継があり、ヨーロッパ内の移動や、パリを含むフランス全土の飲食店の営業、義務教育などが通常復帰すると発表されました。

つまり、マクロン大統領の言葉を借りるなら「本来のフランスらしい生活習慣と、自由の喜びをもういちど手にする」段階にあります。

これらを通して、新型コロナウイルスと共に生きるニューノーマルとして、フランスでも新習慣が定着してきました。


新型コロナでマスクが一般化

まず、街を歩いていて気づくのは、「マスクの一般化」です。つい3ヵ月前まで、フランスは他の欧米諸国の例に漏れず、マスク着用の習慣のない国でした。しかし現在は、公共交通機関を利用する際にマスク着用が義務付けられているほか、商業施設や職場でもこれを義務付けるところが少なくありません。

パリの百貨店ギャラリー・ラファイエットの入店に並ぶ人々

仏メディアも、マスクに違和感を示さなくなったフランス人の変化を見逃さず、ラジオ局フランスアンテールは「ウィークデーはサージカルマスク、週末は上着とコーディネートしたクリエーターもの、と使い分ける流行が登場している」と報道。

実際に街ではさまざまなマスク姿を見ることができ、パリ市が無料配布している通称「アヒルのくちばし」型マスクや、ハイテク素材の黒マスク、カラフルなDIY(手作り)マスク、クリエーターによるファッショナブルなものなどにぎやかです。そしてこれらのマスクにフランス製が多いことも、見逃せないニューノーマルと言えます。

マスクもファッションの一部に

3月の外出制限中に体験したサージカルマスク不足の苦い思い出を、フランス国民は今のところ忘れていません。ここ20年間続いた製造拠点を国外に移す経済戦略、あらゆる産業分野で価格と効率を追求しリスクを無視してきたことを、反省するムードが顕著なのです。

マクロン大統領が愛用している「エラシオ」社のマスクは、素材から100%フランス製です。同社の営業担当者に取材したところ、「非常にニーズが高く、サイトに在庫をアップすると数時間後には完売している」売れ行きとのことでした。

挨拶やスキンシップにも大きな変化

スキンシップも変化しました。頬にキスをするフランスらしい挨拶や、力強い握手は、以前のように誰に対しても行われるものではなくなっています。

外出制限解除の直後、前出のラジオ局フランスアンテールは解禁されたばかりの朝市の現場をリポート。2ヵ月ぶりにようやく再会した常連たちと以前のように握手ができないことや、試食のサービスができなくなったことを残念がるチーズ屋やソーセージ屋の声を伝えました。「何代もかけて作り上げた私たちの習慣だった」と、威勢よく語る声には、スキンシップも試食も文化なのだと納得させる力がありました。

とはいえ、別のラジオ局フランスアンフォが5月末に行った報道によると、キスの挨拶がなくなったことを、特に仕事の場面で歓迎する声も。

また、このいかにもフランスらしい挨拶は、実は1968年の学生運動の時代に男性の間で取り入れられる以前は、女性たちの間だけで行われていた習慣だったそうです。当然ながら、挨拶の習慣も時代と共に変化してきたということです。

現在は、肘を寄せ合う挨拶が見られるほか、「日本人の習慣を取り入れて、会釈をしている」という男性の声も放送されました。

コロナ禍で個人商店は売り上げ増

外出制限の影響で中小企業の半数が倒産するであろうと言われる中、前年比30%増をマークしている業種も、ある意味ニューノーマルといえるかも知れません。その業種はなんと八百屋や肉屋といった、食品の個人商店です。

筆者の住む庶民的なエリアのワイン店店主も、「外出制限中は、少なく見積もっても通常の15%以上を売り上げた」と、体験を話してくれました。

売り上げ増の理由は単純で、それまで大型スーパーで買い物をしていた人が、外出制限中に許されていた唯一の自由(つまり食品の買い出し)を味わうために近所の商店に足を運んだこと。「コロナ禍以来、個人商店ならではの魅力を知って、常連になってくれた人がほとんどだ」と、前出の店主の言葉です。

マスクを付けて接客するワイン店の店主

自転車の売り上げも好調です。スポーツ用品専門店「アンテールスポール」が5月11日の外出制限解除以降、毎日4,000台の自転車を販売していることを、ルモンド紙が報じています。自転連盟Union Sport & Cycleによると、5月後半の3週間の自転車(関連商品含む)の売り上げは、前年比14%増。この自転車人気の背景には、公共の交通機関を避けて感染を避ける目的や、環境保護、健康管理などがあります。

バス停に設置されたアルコール消毒スタンド

ちなみに、インディペンデント調査機関OFCEは、2020年末までに約9万5,000の企業の倒産を予測しています。この厳しい現実を考慮すれば、より一層、食品の個人商店と自転車の支持率を「ニューノーマル」と認識したくなります。

他にも、レジ前にプレキシガラス(アクリル樹脂のガラス)を設置したり、マルシェ(朝市)のスタンドをラップでカバーしたりするプロテクションの工夫や、商業施設の入り口やバス停にアルコールジェルがあり無料で使えることなども、生活の中で気づくニューノーマルです。

ラップでプロテクションを施したマルシェ

「他国に頼らない強い経済」へ

これら生活の中に見られるニューノーマルの数々は、小さなことながらもフランス社会が変化の過程にあることを示しています。では、アフターコロナのフランスは、国としてどのような新しい社会を目指すのでしょうか。

そのビジョンを、マクロン大統領は6月14日のテレビ中継で「より幸せに、より良く生きられる社会」とし、そのためには他国に頼らない強い経済が不可欠だと語りました。

しかし、2ヵ月間に及んだ外出制限の影響は甚大です。4月の失業率は22.6%、1996年以降最も高い数値でした。またフランス国立統計経済研究所(INSEE)が発表した5月27日の調査結果からは、コロナ禍の影響で国内総生産(GDP)が21%減少したことがわかりました。

このような現場の中で、給付金や一時失業手当などコロナ禍対策にあてた5,000ユーロ(約58兆5,000億円)を、これから国を挙げて埋めてゆかなくてはなりません。そんな折も折、さらに悪いことにフランス航空大手エールフランスと自動車大手ルノーは、2社合わせて1万2,600人の解雇を予定しています。

より幸せに、より良く生きられる社会を実現する、強い経済づくりの具体策は、7月にマクロン大統領がテレビ中継で明らかにする予定です。マクロン大統領自身が予告した通り、「環境を優先した」「新しい産業」が、「フランス国内」に起こらなくてはなりません。その新しい産業で失業問題を解消し、公債を調整していかなくてはなりません。

ハードルは非常に高いですが、これまでの高度資本主義経済社会に代わるさらに魅力的な新しい価値が掲げられ、その具体策が示されることを全てのフランス国民が期待しています。マクロ経済におけるニューノーマル誕生が必要とされています。

(Keiko Sumino-Leblanc / 加藤亨延)

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