コーチ転身、戻ってきた「マッキー」 夢を失って生まれた結束 #夏は終わらせない県高校野球(1)

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練習でノックを打つ玉城将希さん。けがで引退したが、夏季大会が決まり学生コーチとして復帰した=16日、名護高校

 持病の悪化から一度は諦めた高校野球の舞台に戻ってきた球児がいる。名護3年の玉城将希さんは7月4日開幕の県夏季大会に臨む部員を支えようと今月、学生コーチとして復帰した。新型コロナウイルスの影響で甲子園出場の機会を失った仲間の思いが、退部を決めた自身の悔しさと重なり、復帰を後押しした。「今は前向きに県大会の勝利を目指す」と新しい夢舞台に挑んでいる。

 「マッキー、こーい!」。玉城さんがノックに立つと内外野から大きな声で名を呼ばれる。打球を正確に各守備位置に転がし「もういっちょー」と大声で返す。

 小学1年に野球を始め、責任感が強いことから東江中時代には副主将も務めた。甲子園出場を目指す普通の球児だったが、1年秋から腰の椎間板の痛みが増し、練習に参加できない日が増えた。

 「ヘルニアの一歩手前。思うように体を動かせず、気分も落ちていった」

 昨年10月の秋季大会後に「チームに迷惑を掛ける」と退部を決意。進学に目標を定めたが、11年間続けていた野球中心の生活がなくなった。

 転機は臨時休校明け。担任になった野球部の川上琢也監督から「コーチとして支えてくれないか」と声を掛けられた。

 甲子園中止は自身も「大きなショック」だった。部員を支えたい気持ちは強かったが、迎え入れてもらえるか不安もあった。同級生一人一人に「途中で抜けたが復帰していいか」と相談。「気にするな」「おまえがいないと」と受け入れてくれた。

 新崎康芽主将は「野球が嫌いで辞めたんじゃない。みんな戻ってきてほしいと思っていた」と歓迎。コーチぶりにも「自分が言う前に指示してくれる。助かる」と全幅の信頼を置く。

 部活自粛期間が長く、けがの心配もある部員に対して、腰のリハビリ中に理学療法士から学んだストレッチや筋トレを指導する。「僕のようにけがで部活を辞めさせたくない」と将来は理学療法士を目指す。

 甲子園の夢は失ったが新たな結束も生んだ。「県大会がなければ復帰していなかった。みんなと夏を勝ち上がりたい」と、最後で最高の夏を目指す。(新崎哲史)

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 第102回全国高校野球選手権の中止を受け、県高野連は独自の県夏季大会を開催する。県の頂点を目指す球児たちの熱い夏を追った。