没後24年 遠藤周作の未発表作 文学的価値高く  「母の生き方と向き合う」作品

遠藤周作の未発表小説「影に対して」発見の経緯などを説明する川﨑さん=長崎市役所

 長崎市遠藤周作文学館(東出津町)で26日までに発見された遠藤の未発表小説「影に対して」の自筆草稿と清書原稿。「遠藤渾身(こんしん)の小説が没後24年の年に見つかったことは驚き。文学的価値も高い」。遠藤と親交が深かった元三田文学編集長の加藤宗哉さん(74)=東京都=はこう語る。
 「影に対して」は自伝的作品。主人公の勝呂(すぐろ)は両親が離婚し、亡くなった別居の母に対し後ろめたさを感じている。遠藤自身、両親の離婚後に兵庫県で母と暮らし、大学進学のため東京に住む父の元へ移った。その後、作品と同様、結婚前に母を亡くし、負い目を抱き続けたという。原稿には次のくだりがある。
 「『なんでもいいから』母は彼にむかって言った。『自分しかできないと思うことを見つけて頂戴。だれでもできることなら他の人がやるわ。自分がこの手でできること、そのことを考えて頂戴』」
 加藤さんは「母の生き方と向き合うという遠藤の大きなテーマにこの作品で触れることができる」と話す。
 未発表とした理由については作品が、安定した生活を送る父親の生き方を強く否定していることから、「実の父や関係者に影響を及ぼすことを懸念したのではないか」とみる。
 自筆草稿は原稿用紙の裏に鉛筆で書かれ、それを基に秘書が用紙に清書し、遠藤が加筆修正している。加藤さんによると、この過程は遠藤の他の小説執筆と同じパターンで、「力を込めて書いた証し」。執筆時期は、1968年発表の短編小説「六日間の旅行」とテーマ設定が似ており、同年前後と推察している。
 発見した同館学芸員、川﨑友理子さん(27)は26日、市役所であった記者会見で「見たことのない題名の原稿の束を見つけて、読み進めていくうちにこれは未発表ではないかと思った。遠藤さんは亡くなっているから新作はもう読めないと思っていた」と喜びを語った。
 同館が所蔵する遠藤の資料は原稿760点、書簡5700点など合わせて約3万1千点。現在は学芸員2人が地道な調査を進めている。同館開館から20年を経て新作発見に至った点について、市文化振興課の高木規久子課長は「資料は膨大で種類も多岐にわたる。一つ一つ読み込んで内容を確認するのは時間が掛かるが、丁寧な作業が今回の発見につながった」と述べた。


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