島の障害者を都市部の企業に紹介 新たなビジネスモデルの可能性や課題は 就労機会増やし地方創生 雇用率充足狙いの指摘も

ハウス施設のため、天候などを気にせず作業ができる。スタッフらは45分間の業務後、15分の休憩を取る=五島市内

 作業しやすそうな腰ほどの高さの台に、緑や赤のレタスが整然と育っていた。
 6月中旬、五島市内にある水耕栽培の農園。障害のあるスタッフ約50人が台と台の間に立ち、葉を収穫したり苗を植え替えたりと、それぞれのペースで働く。
 障害者の一般就労を仲介する事業を手掛けるJSH(東京)が、2年前に整備した。障害者雇用の法的義務がある都市部の「企業」に、五島の「障害者」を紹介。「勤務地」となる農園をセットで貸し出す。
 農園で働く障害者は各企業にパート従業員などとして雇用されていて、月に11万円程度の賃金を受け取る。就労継続支援B型事業所の全国平均工賃1万6118円やA型事業所の平均賃金7万6887円(いずれも2018年度)を上回る額だ。
 東京のIT関連企業に雇用されている濱村勇一郎さん(56)は「うつ症状があるが、作業は自分に向いている。給料も前の職場(B型)より増えた」と満足げ。障害者の経済的自立につながるとして、この仕組みを歓迎する当事者や家族は少なくなく、農園で働く人は増え続けている。
 しかし、障害者の特性に応じた知識や技術の習得、一般就労支援などを地道に続けてきた福祉関係者の一部からは批判も聞かれる。「障害者雇用率を達成するための『数合わせ』ではないか」「障害者雇用の『外注』だと、障害のある人とない人の共生にはつながらない」-。
 障害者の収入向上という長年の課題を打開し得る新たなビジネスモデルは、今後の障害者福祉に何をもたらすのか。可能性や課題を探った。

 東京や大阪などで、主に訪問看護サービスなどの在宅医療事業を手掛けるJSH(東京)。医療分野でのノウハウを生かした地方創生事業を展開しようと、当時の子会社が2017年、創業者の出身地である五島市に進出した。そこで始めたのが、都市の「企業」と地方の「障害者」を結び付ける新ビジネスだった。
 仕組みはこうだ。障害者の法定雇用義務があるA社の要請に応じて、JSHは障害のある五島市のBさんを紹介する。面接などを経て採用されたBさんは、JSHが同市内に整備した農園に通勤し、A社の区画でレタスを栽培。A社は、Bさんに毎月の賃金を、JSHには農園設備の賃料などを支払う-。

◆96人雇用
 雇用形態はパート従業員や契約社員などの形だが、一般就労に当たるため社会保険などを備えている。JSHは農園に看護師を配置し、障害者らの健康管理をする。育てたレタスは雇用主の企業の食堂に提供したり、市内のスーパーに出荷したりする。
 企業側は原則、障害のある「スタッフ」3人と、指導役の「サポーター」1人を4人一組で雇用。現在は市内の農園3カ所で、東京や大阪の企業18社が雇用する計128人(うち障害者96人)が働いている。JSHによると、スタッフは1日7時間・週5日働き、月給は11万円余りという。
 スタッフの声を聞いた。脚に障害がある橋口君枝さん(62)は以前、就労継続支援A型事業所を通じて水産加工場に勤めていたが、不自由な脚での作業は負担が大きく離職。昨年11月に農園で働き始め、「(屋内の水耕栽培は)身体障害者にとって恵まれた環境。給料も多くなり、貯蓄や交際費に充てられるので心に余裕ができた」と喜ぶ。
 知的障害があり昨年から農園で働いている男性の母親(55)は、「五島には障害者が働ける企業が少なく、ここで一般就労ができて良かった」と安心感を抱く。男性は当時働いていたB型事業所を離れたくない様子だったが、「半ば強引に」農園を勧めたという。「私たち親がいなくなった後、息子がどう経済的に自立するのか。(一般就労により)収入が倍近くに増えたことは大きい」
 障害者の一般就労を巡り、JSHが都市と地方を結び付ける背景には、ある“地域間格差”が存在する。

指導役のサポーター(中央奥)の指示を受けながら、自分なりのペースで業務に取り組む障害者スタッフ=五島市内

◆年3億円
 障害者雇用促進法は、従業員が45.5人以上の企業に対し、2.2%の障害者雇用率(従業員に占める障害者の割合)を達成するよう求めている。ただ地方は都市部に比べ中小企業が多く、雇用義務の対象となる企業は少ない。特に離島などの過疎地に暮らす障害者は一般就労の機会が限られている。
 JSHは、都市部の企業が障害者の確保に苦労している現状にも着目。地方の障害者は一般就労の機会が増え、都市の企業は法定雇用率を達成できる-。そんな「ウィンウィン(相互利益)の仕組み」を作り上げた。
 JSHの市川伸二執行役員は「都市と地方にある雇用機会の格差を埋めることができる。地方で働く意欲のある障害者に働く場を提供し、地方創生につなげることが最大の目標」と意義を語る。JSHの試算では現在、島外の企業が農園スタッフらに賃金を支払うことで島に入ってくる“外貨”は、年間3億円に上る。

◆同じ生活
 障害者雇用促進法の基本理念には、障害の有無にかかわらず同じ生活が営める社会を目指す「ノーマライゼーション」の考え方がある。企業は、障害者の能力を正当に評価し、働きやすい雇用環境を確保することが求められている。
 国内にはJSHと同様に障害者を雇用する貸農園事業が複数あるが、共生社会の実現を目指す観点からの批判は根強い。障害者雇用率を満たすために本社から離れた農園で雇用し、本業とは関係のない業務に従事させる「外注」システムは、障害のある人とない人が同じ社内で相互理解を深める機会を奪っている-という指摘だ。
 JSHにも福祉関係者などから批判は寄せられるが、市川氏は「企業から『全ての障害者雇用枠を農園に任せたい』という相談もあるが、そうした依頼は断っている」と説明する。
 一般的に企業が障害者を雇用する際、障害の程度に応じて任せる業務を切り出すが、軽作業などの量には限界もある。それでも雇用枠を満たそうと業務量以上に障害者を雇うと、何の仕事もなく過ごす人が出てしまう場合があるという。市川氏は「可能な限り企業内で雇用するのが前提。それでも余る雇用枠を分けてもらうことで、地方の障害者の雇用機会が増えることにつながる」と強調する。
 ただ、企業にとって農園単体で見た場合、収支バランスが取れているわけではない。収穫したレタスなどの多くは、雇用主の企業の食堂などに提供。JSHが企業側から買い受け、五島市内のスーパーなどで販売する場合もあるが、ごく一部だ。市川氏は「安全で清潔な環境で、働く意思のある障害者をより多く雇用できるようにした結果、どうしても収益性は落ちてしまう」と認める。

◆手帳取得
 JSHは五島における新たな一般就労支援の形として、引きこもりの人への支援にも取り組んでいる。問題の背景に、障害が潜んでいるケースもあるためだ。JSH社員が当事者や家族と会い、本人が希望する場合は行政機関などと連携し、療育手帳などの取得をサポートしたりしている。
 今月から農園で働き始めた50代男性は、前の職場を辞めて20年近く自宅に引きこもっていたが、同居していた母親が亡くなったことが契機となり就労を決意。JSHや保健所のサポートを受けながら、療育手帳を取得した。別の20代の引きこもり男性についても、本人や両親の意向を確認しながら1年半かけて手帳取得と就労につなげた。
 五島で引きこもりの人たちのサポートも担当するJSHの福田公太郎・地方創生事業部長は「必要があれば社会福祉協議会などと連携し、スタッフに給料の使い方を教えたりヘルパーを利用する支援をしたりすることもある。これまで日の当たらなかった引きこもり人たちともつながり、経済的に自立できるよう手伝っていきたい」と話す。

障害者一般就労支援サービスのイメージ

© 株式会社長崎新聞社