『アングスト/不安』殺人鬼の精神世界の中へ入っていく

(C) 1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

 物語はまるでドキュメンタリー映画のように唐突に始まります。ぎょろりとした目の男が、何やら落ち着かない様子で歩き続けている。その男の背中をカメラは追い続け、やがて男はなんの躊躇もなく人を殺します。

 本作は1980年にオーストリアに実在した連続殺人鬼ヴェルナー・クニーセクによる一家惨殺事件を映画化した作品で1983年の公開当時は内容の過激さが問題視され、ヨーロッパで上映禁止になったという曰く付きの作品です。それでも、独特な撮影方法と、カリスマ的シンセサイザー奏者のクラウス・シュルツェによる観ているものの心を不安にさせるディソナンスは多くの映画人に影響を与えた伝説的な一本でもあります。

 非常にカルト的な映画でもあるので、ハリウッドのスプラッターホラーのような感覚で観ると予想を裏切ることになるかもしれません。

 映画が始まってすぐ、殺人鬼の目線とモノローグにより、人を殺すことに強烈な快楽を覚えてしまう精神状態の男の精神世界に私たちは一瞬で投げ込まれてしまいます。強烈な不安感を抱えながらさまよう姿、そして、家の中で<殺人>という残虐な行為が行われるまでが淡々と映し出される映像からは、死体の重みや、人の生命力、殺人という行為の重みが伝わってきます。

 残酷なシーンが多いわけではありませんが、視覚の恐ろしさよりも、殺人者の精神世界の中で物語が進行していくことが何よりも恐ろしい。暗闇の映画館で、その思考を通して人を殺すという感覚をのぞいてしまうことが私には一番の恐怖でした。だって、最初から最後まで、殺人犯の話す全ての言葉が怖いくらいに全然意味不明。そりゃそうです、人を殺す人の気持ちなんてわかるわけがないんだから。だからこそ、リアルなのです。★★★★☆(森田真帆)

7月3日から全国順次公開

監督:ジェラルド・カーグル

出演:アーウィン・レダー

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