温泉街の劇場、アイヌ民族の踊り伝承の場に

 アイヌ民族の踊りをご覧になったことはあるだろうか。「リムセ」など、アイヌ語では地域ごとに異なる呼び方をされている。鶴などの動物の動きをまねたもの、狩猟や農作業の動作を表現したもの、剣で魔よけをするもの、誰が最後まで踊れるか競うものなど、踊りの種類は多い。儀式や祭りで歌やかけ声に合わせて踊り、喜びや悲しみを神(カムイ)と分かち合ってきた。古くから伝えられてきた踊りは、国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ世界無形文化遺産にも登録されている。

 こうした伝統舞踊が披露されている場所の一つが、北海道屈指の温泉街として人気の阿寒湖畔に2012年春に開業した劇場「アイヌシアター イコロ」だ。座席数は300席超、立ち見を含めれば約450人を収容する。観光客へ見せる場としてだけでなく、踊りを次世代に伝えていく大事な場所にもなっているという。(共同通信=石嶋大裕)

「阿寒湖アイヌシアター イコロ」で公演中の「ロストカムイ」の一場面=北海道釧路市

 暗転した舞台の中央に、ぼっと炎がともり、囲むように輪になった女性たちのアイヌ民族衣装が照らされた。ステップを踏みながら上半身を大きく揺らし、長い黒髪を前後左右に振る。松の木が嵐で揺れる様子を表現した「フッタレチュイ」と呼ばれる踊り。ことし3月、新型コロナウイルス感染拡大の影響で無観客で実施された「ロストカムイ」の一幕だ。

 シアターは従来の伝統舞踊を披露するだけではない。昨年3月から続いているこの「ロストカムイ」の公演では、舞台上でデジタルアートの技術を使い、絶滅する以前にはアイヌがあがめていたとされるエゾオオカミをよみがえらせた。そこに現代舞踊も織り交ぜている。

 踊り手の一人、平澤隆二さん(54)は「シアターは新しい形で文化を発信しているんですよ」と説明する。「お客さんのほとんどは温泉目当てでアイヌには興味がない。でも何も知らなかったけど見て良かったと言ってくれる人もいて、深く知るきっかけになっていると思います」

「阿寒湖アイヌシアター イコロ」で公演中の「ロストカムイ」の一場面。舞台に映像を映し、現代舞踊も織り交ぜた=北海道釧路市

 かつては阿寒湖などで民族性を観光に活用してきたアイヌが「観光アイヌ」とやゆされることもあった。だが「観光で生計を立てるために別の地域から来たアイヌが、ここで初めて踊りを知ることもある」と、ここで2年前から踊る毛房千夏さん(27)が教えてくれた。

 明治政府による同化政策以降、アイヌへの差別が激化し、子孫に文化を伝えるアイヌが少なくなったからだ。「ここでは観光地としてずっと踊り続けてこられた。でも、踊らなくなってしまった地域もあります」

 毛房さん自身、昨年まで民族の血を引くことを知らなかった。「観光向けかもしれないけれど、踊る場所があるということが大事だと思います」。そう語る。

 シアターの踊り手の中には、北海道白老町で7月12日に開業するアイヌ文化施設「民族共生象徴空間」(愛称・ウポポイ)の踊り手らを指導したベテランもいれば、アイヌ以外や外国人もいる。平澤さんは「昔はここに住んでる人間じゃなきゃだめだとか制約があった。でも僕は今みたいに間口は広くて良いと思う。興味があればやればいいんじゃないか」と話す。

 ただ踊りを教えるときには民族の心を忘れずに伝える。「アイヌの踊りは神にささげて見てもらうもの。神は目に見えなくてもそばにいる。お客さんに見られていてもその意識は変わらない」。その言葉は力強かった。

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