《コロナ現場発》クラスターの経緯「なぜ」 遺族が心境語る

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入院後の父親は40度前後に熱が上がることもあったが穏やかだったという。男性は「それが救い」と語った=6月下旬

 新型コロナウイルスによる肺炎で4月に80代だった父親を亡くした県央地域の50代男性が、上毛新聞の取材に応じた。群馬県伊勢崎市の有料老人ホーム「藤和の苑(その)」の集団感染で死亡した1人。感染防止のため死に際はタブレット端末越しに接し、人目を忍んで火葬を営んだ。最愛の家族を失ったことさえ公表できない不条理さにやりきれない思いを抱く。

 「息子? 大丈夫じゃないけど、分かるよ」。4月、県内の感染症指定医療機関。看護師に声を掛けられ、父親が応じた。ひげを生やし、酸素マスクを着けてベッドに寝ていた。男性は別の部屋からタブレット端末で見舞った。

 男性が帰宅した後、容体が悪化。再び赴くと意識はもうろうとしていた。「分かるか」。タブレット端末越しに声を掛けると、心拍数が上がったようだった。

 翌日未明、死亡した。感染を防ぐための非透過性納体袋に入った遺体と対面した。顔は見なかった。「万が一でも、自分が人にうつしてはいけないと思った」。消毒済みの遺品も受け取りを断った。遺体はその日のうちに、一般の葬儀が終わった後で荼毘(だび)に付された。5月に葬儀と繰り上げの四十九日法要を同時に、ごく近しい親族だけで営んだ。

 父親は70歳まで働いた。昨年4月、家計や家事を担っていた母親ががんで他界し、家にこもりがちに。12月に藤和の苑に入所し、人との関わりを少しずつ持つようになったという。

 同施設関連では68人が感染、16人が死亡している。男性は2月初旬から、「感染を防ぐため」とする施設側の方針で、父親と面会できない状態が続いていた。

 施設側からは4月6日に「熱発者が出た」との電話があった。その後も断続的に施設内のPCR検査や父親の体調、入院などについて連絡が来た。一方で、新型コロナへの感染を伝えてくれたのは医療機関。施設側とは亡くなった日に連絡は取れず、正式な報告や謝罪などはいまだにない。

 「(施設に)お世話になったが、預けなければこうならなかったのか。感染症だから仕方ない、運命だと思わなければ救われないが、それでも『なぜ』と思う」。男性は静かに、思いを巡らせながら続けた。「怒っても父親は帰らない。背負っていく施設の人だってかわいそう。半面、全国的にもまれなクラスター。経緯が知りたい」

 施設側や、今月上旬にも報告書を出すとしている県に対し、責任の回避ではなく客観的で再発防止につながるような説明をしてほしいと望んでいる。(五十嵐啓介)