コロナ禍で人気上昇、有機食品 欧州に起きたうねり、消費者が見直したもの

By 佐々木田鶴

 欧州は、コロナ禍の第1波をようやく乗り越えた感がある。筆者の住むベルギーは膨大な死者数を記録したものの、一段落し、さまざまな検証と次への準備が進む。今、コロナ禍で大きく伸びたものの一つとして地味な注目を集めているのが有機食品だ。

 多くの人が封鎖生活の中で立ち止まり「便利」より、本来の「食の安全や健康」に向き合い、行動を変革したことの現れで、好調さは今後も続くとみられている。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

生鮮食品以外もすべて有機認証された製品が並ぶビオ・プラネット店内(c)Bio-planet.

 ▽例年より60%増

 「コロナ禍で売り上げは例年同期の60%増」とホクホク顔なのは、有機専門スーパーの老舗的存在「セコイア」だ。コロナによるロックダウンの真っただ中だった4月20日にも、予定通り新店舗をオープン。現在ベルギー(人口約1100万人)南部を中心に11店舗を展開する。広報担当者は「コロナ禍では食の安全志向に拍車がかかった」と分析する。

 有機専門スーパーのベルギー最大手はビオ・プラネット(Bio-Planet) 。2001年の創業以来、これまでに国内に31店舗を展開、22年までに50店舗まで拡大する計画だという。国内第3位の小売業グループ『コルロイト』が運営するもので、平均売り場面積650平方メートル、取扱品目6千以上の中堅規模のスーパーだ。グループ広報担当は「有機食品市場は、ここ数年漸増だったが、コロナ禍の3カ月は一般食品市場の3倍の伸び率を示した」という。

 ▽衛生意識から来る信頼感

 3月半ばから約2カ月にも及んだ封鎖生活中、筆者もたびたび有機食品スーパーを利用した。有機だから安心ということもさることながら、買い物に来る人々や店員さんの衛生意識や仲間感覚が信頼感につながったからだ。

 当初、普通のスーパーではトイレットペーパーを奪い合うような殺伐さや、互いを怖がる疑心暗鬼が感じられたのは、どこの世界でも同じようなものだっただろう。ところが、有機スーパーでは、誰に指示されなくとも、自然にマスク、手袋、消毒薬が徹底され、互いに譲り合い、思いやるような連帯意識が心地よかった。

セコイアの店舗外観 (c)Sequoia

 その上、買い物している間に、ちょうど納品にきた地元の農家やパン屋の実直な様子を見かけたり、久しぶりに入れ違った名前も知らない常連客とソーシャルディスタンス越しに互いの元気な様子を喜びあえたりと、人恋しい封鎖生活にほっこりしたひとときをもたらしてくれた。

 ▽人気は持続するか

 日本の小売業界誌担当者によると、日本では、有機食品は「価格差」がネックとなり、都会志向のリッチな女性層に好まれる程度だ。専門スーパーによる全国展開は経営的に成り立ちにくいという。だが、世界的にみると、12年 ごろから有機農地が飛躍的に拡大したことから、価格差は著しく縮まった。

 さらに欧州では、チェルノブイリ事故、ダイオキシンや狂牛病、鳥や豚を介するインフルエンザなどで、人々の「食の安全」への意識が急上昇。東日本大震災での原発事故、再生エネルギー転換、気候変動対応への動きの中で「持続可能性」「地域自立」のために、購買や食の行動そのものが本格的に変容してきたのだという。

 従来「有機食品店」といえば、欧州では徹底したエコロジストか食に制限のある人々が、特殊な食品を買いに行く、薬のにおいがするような店のイメージだった。だが、有機食品の価格差がほとんどなくなった現在、普通の人が、食品から家庭用品までワンストップで買い物できるスーパーに発展した。

 人気はコロナ禍での一過性のものだろうか。セコイアでは「コロナ禍で初めてセコイアで買い物した顧客が、そのまま固定客になっている」とみている。ビオ・プラネット広報は「消費者はこの封鎖生活中に『行動変容』を起こした」として、以下のように分析する。

 突然できてしまった時間を使って、人々は吟味し、試した。封鎖生活は立ち止まって「コロナ後をどう生きたいか」を考えるための時間を与えた 。健康とは何か、どこで誰が作ったものを食べるのか、良質な食品とは、新鮮の意味、料理することの楽しみ 、家族で発見することの喜び…。考えた結果、消費者の行動は変容したのだ。

 こうした動きは、今後も長く持続するとベルギーの関係者は予測する。

封鎖解除直前に解禁となったDIYショップには長蛇の列が(c)Taz.

 ▽巻き戻せないうねり

 地元の小規模な生産者をありがたがり、遠方からの希少な珍味より地産地消の普通のおいしさを尊重する。飛行機より船を、ガソリンよりバイオディーゼルを、車より自転車にこだわる。フェア・トレードを必須条件に据える。次世代にこれ以上ツケを残さない。こうした大きなうねりは、コロナ後の経済停滞でも巻き戻せないと見られている。

 自分で「つくる」人々をも増やした行動変容は、有機食品を「買う」ばかりでなく、自分で「耕作(つく)る」ところまで発展している。封鎖解除の第1段階に先立つ4月15日、ベルギー政府は「日曜大工と園芸ショップ」だけの一足早い解禁に踏み切った。本格的な園芸・作付けシーズンが始まり、市民の強い欲求を聞き入れた形だった。

 買い物は一人で、マスクを着けて1・5メートルの間隔をとって、一回30分まで…。厳しい条件付き開店であったが、週末の2日間で、専門店は普段の1カ月分の売り上げを取り戻したと発表した。

 わが夫は、仲間内ではよく知られた〝hobby farmer〟 だ。たいがいの野菜は自給自足し、地域の共同菜園でも一役買っている。封鎖生活の中、あちこちから、弟子入りの希望が相次ぎ、ナメクジの防ぎ方、トマトの苗の植え替えのタイミングなどの質問が止まらない。都会の集合住宅に住む人々も、プランターでのミニトマト栽培やアパート用コンポスターを試す人が続々増えている。

日曜大工と家庭菜園に励む人が増えた=ベルギー(c)Taz

 テレワークに慣れ、混んだ電車を捨てて自転車に乗り換えた人々は、第1波が収まっても、元通りの行動には戻りはしなそうだ。欧州では、市民ばかりでなく、企業も、政府も行政もそれを後押ししている。 今までと異質の需要とビジネス・チャンスが生まれているのを感じる。

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