香港がいよいよ「香港」でなくなる? Q&Aで解説、新法の何が問題か

香港国家安全維持法の施行翌日、警察に拘束される男性=7月1日、香港(ゲッティ=共同)

 中国で6月30日、「香港国家安全維持法」が成立し、香港でその日のうちに施行された。今後、中国本土と同様に共産党や政府に批判的な活動は犯罪と見なされ、取り締まられる恐れがある。1997年に主権が英国から中国に返還される際、両国間で約束された香港での「一国二制度」は23年目にして崩れ去ろうとしている。この法律の何が問題とされているのか。Q&A形式で整理した。(共同通信=松本鉄兵)

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 Q 中国政府は、香港国家安全維持法によって、何を狙っているのか。

 A 習近平指導部は、香港での統制を強化し、民主化要求など反中国的な政治運動を抑え込もうとしている。

 Q 確かに香港ではこのところ大規模なデモが続いた。

 A 2014年には、香港行政長官選を巡って民主派を事実上排除する制度の導入に学生らが反発、「雨傘運動」が起きた。昨年は中国本土への容疑者引き渡しが可能になる「逃亡犯条例」改正案に多くの人たちが抗議、警官隊と激しくぶつかった。

中国全人代の開幕式に臨む習近平国家主席(左下)と香港の林鄭月娥行政長官(上右端)=5月、北京の人民大会堂(共同)

 Q 中国本土と違い、香港では集会の自由などが認められてきた。

 A その通りだ。香港が1997年、英国から155年ぶりに中国に返還されるに当たって「一国二制度」が導入された。

 これは、社会主義の中国に、資本主義の香港を併存させる制度だ。両国は、香港返還後50年間は社会や経済、生活様式を変えないことを約束した。言論や集会の自由、中国本土と異なる独自の司法権など「高度の自治」は、返還に先立ち採択された香港基本法でも保障されている。

 Q 今回の法律によって「一国二制度」が存続の瀬戸際にあると言われている。

 A 抗議デモなどが犯罪として取り締まられる恐れがあり、これまで認められてきた権利が奪われかねないからだ。

7月1日、香港で国家安全維持法の施行に抗議するデモ参加者ら(ゲッティ=共同)

 Q 具体的に、どんな行為が規制の対象になるのか。

 A 香港を中国から独立させることを目的とした「国家分裂」や「政権転覆」「テロ活動」「外国勢力との結託による国家安全への危害」―の4種類の犯罪行為だ。最高刑は終身刑だ。

 重大な事案については、中国政府の出先機関として香港に新設する「国家安全維持公署」が管轄権を行使して立件できるとされる。同署が香港の住民や外国人の容疑者を拘束し、本土に送って訴追できるようになる。

 Q 中国政府は、以前から“越境”捜査をしていなかったか。

 A 確かにそうだ。習氏が香港を危険視したきっかけの一つに、自身の愛人問題を扱った本の香港での出版計画があったとされている。中国当局は2015年、本土からの観光客らが持ち帰りかねないとして、書店関係者を次々と連行した。当時は違法だったこうした捜査は、今回の法律により公然と行えるようになったというわけだ。

 Q 中国政府は成立をずいぶん急いでいた。

 A 実は、香港基本法は、今回の法律と同様の趣旨の条例を香港自らが制定しなければならないと規定している。ただ住民側の反発で制定されていなかったのだ。中国政府は、条例がないために「独立勢力などの活動が激化している」といらだちを募らせていた。

 そこで、全国人民代表大会が5月下旬、国家安全法制の導入を決定すると、香港立法会(議会)を関与させずに、全人代常務委員会が制定した。法案全文を公開しないまま、審議開始2週間足らずでのスピード採決だった。

北京の天安門広場を巡回する武装警察隊員=6月4日(共同)

 Q 9月には香港立法会の選挙が行われる。今回の法律との関係は。

 A 習指導部は、民主派の過半数の獲得を阻止したい思惑があるとされる。法律では、立候補者が基本法の順守や香港政府への忠誠を誓う確認書に署名するよう義務付けており、拒否すれば立候補できなくなる可能性があるのだ。

 Q さっそく逮捕者も出た。

 A 施行翌日の7月1日、「香港独立」と書かれた旗を持っていただけの男性らが逮捕された。独立要求は今後一切認めないという習指導部の強いメッセージを内外に示す意図があったのだろう。香港の民主派や独立派の団体は解散を宣言、萎縮し始めている。

 Q 世界はどう見ているのか。

 A 「一国二制度」の尊重を求めてきた欧米諸国は猛反発している。米国は「(香港の)法の支配は骨抜きにされた」と非難、対中制裁への準備を進めている。香港の旧宗主国である英国も厳しく批判している。ジョンソン政権は、英政府発行の旅券を持つ香港市民に対し、将来的な英市民権の獲得に道を開く方針を示している。日本政府は、菅義偉官房長官が記者会見で「遺憾だ」と述べた。

各国紙幣があしらわれた香港市内の両替所の外壁(共同)

 Q 経済への影響は。

 A 中国の急速な発展や、上海など大都市の台頭もあって、中国国内での香港の経済的地位は相対的に低下している。それでも中国本土と世界を結ぶ金融や貿易の「玄関口」となってきたのは、透明性の高い独立司法権の存在があったからだ。

 在香港米国商工会議所が6月初め、会員に行った調査によると、新法を巡り、3割の企業が資本や資産、事業の香港からの移転を検討していると回答。香港での事業に悪い影響が出るとの答えは6割に達した。米政府は、一国二制度の前提が崩れたとして、中国本土より優遇してきた関税などの特別措置の廃止を明言している。

 Q 米中対立が深刻化しそうな雰囲気だ。

 A 中国政府内では、香港で続くデモを、米国をはじめとした外国勢力の陰謀と見る向きがある。貿易摩擦や新型コロナウイルス対策を巡り、悪化していた米中関係がさらに悪くならないか気がかりだ。6月30日の記者会見で、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は「貿易戦争がより厳しくなる可能性がある」と不安を口にした。

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