谷底に目を凝らす

 すぐさま立ち直ることを「V字回復」と呼ぶ。言うまでもなく「V」の形からの連想で、いったん谷底に転げ落ちても、坂道を駆け上がるように右肩上がりへ転じることをいう▲じわじわ元に戻れば「U字回復」、下がって上がるのを繰り返せば「W字回復」。今時分の景気はどうかといえば、真下に落ちる「|」の形をしているらしい▲日銀の調べによれば、経営者らが捉える今の景況は、リーマン・ショック直後以来、11年ぶりの悪さだという。県内も同じく新型ウイルスの影響は深刻で、先行きは見通せない▲「|」の底に平らな横棒を敷いた「L字」の軌道を、これから描く恐れもある。L字とはつまり景気の“底ばい”で、業種を問わず、とりわけ中小企業で谷間は深い▲雇用を見れば、5月の県内の有効求人倍率は0.94倍で、4年8カ月ぶりに1倍を下回ったという。宿泊業、飲食サービス業をはじめ、求人がぐんと減った。この先は「下げ止まり感も…」といった長崎労働局の見方が、かすかな薄日に思える▲形の複雑さといったらアルファベットの比ではないが、谷底を表す漢字に叡智(えいち)の「叡」がある。「深い谷」と「目」を組み合わせている。訪日客の減少が案じられ、第2波の恐れもあるいま、深い霧でかすむ谷底をなんとか眼光で照らすほかない。(徹)

© 株式会社長崎新聞社