赤字20億円、鳥栖・竹原社長の本音。誹謗中傷、新規スポンサー、再建への覚悟…

J1・サガン鳥栖は2019年度決算で、前代未聞といえる20億円超もの巨額赤字を計上した。2018年には42億円もの営業収益をあげるなど、責任企業をもたない地方クラブを急激に成長させた竹原稔社長だったが、クラブだけでなくJリーグ、ひいてはサッカー界全体の信頼を大きく損ない、数多くの批判にさらされることとなった。あれから約2カ月半。いよいよJ1が再開されるタイミングで、その本音を口にした――。

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

数多くの批判を受けた、サガン鳥栖・竹原社長の率直な感情

サガン鳥栖を運営する株式会社サガン・ドリームスに宛てられた手紙や封書で。クラブの公式ウェブサイト上に設けられた「お問い合わせ」を通して届くメッセージで。あるいは、自身が利用しているメッセンジャーへダイレクトで。竹原稔代表取締役社長のもとへはさまざまな声が届く。

ほぼすべてがサガンの現状に対するものであることは言うまでもない。声の内容をポジティブなものとネガティブなものに二分すると、圧倒的な割合で後者の方が大きいと竹原社長は明かす。

「かなりの数の批判が届きます。なかには例えば『死ね』や『竹原は泥棒だ』とか、あるいは『私的流用するな』と人間不信に陥ってしまうような言葉も数多く寄せられます。本当に悲しい気持ちになるというか、仕事を終えて夜に一人になったときなどは、私が退くことでサガン鳥栖が良くなるのならば、サガン鳥栖に関わる人たちがみんな幸せになるのならば、もう辞めた方がいいのではないかと正直、考えてしまうこともあります。それぐらい厳しい言葉をいただいています」

封書には差出人の名前が記されているものもあれば、匿名のものもある。過去には、年に数回、不定期で開催しているサポーターズミーティングの席で「匿名の場合は、封を開けるのが怖いときもあります」と来場者の笑いを誘ったこともある。しかし、いま現在は冗談を飛ばす心境にはほど遠い。

「何でしょうね。ドキドキする、という感覚ではないですね。吐き気を催すまでにはいかないんですけど、何かソワソワした思いが込みあげてくるというか、落ち着きのない状態になってしまうことが多いですね。こんなことを言っていいのかどうかはわかりませんけれども」

誹謗中傷や、事実と異なるものを信じ込んだ手紙やメールも

帰宅して郵便受けを確認すると、ここにも手紙や封書が届いていることが少なくない。批判の対象は竹原社長だけではなく、新シーズンからプロバスケットボールのB2リーグの舞台で戦う、佐賀バルーナーズの運営会社の社長を務める、次男の哲平氏へも向けられることがある。

「次男に対しても『出ていけ』とつづられていることがありました。昨年に私と佐賀市の副市長が癒着しているのではないか、と報じられたあたりから、そのような声が寄せられることが止まらなくなりました。身の危険を感じることはありませんが、やはり言葉による中傷といったものを信じ込んで届けられる手紙や封書、メールのなかには『ユースの子どもたちがかわいそうじゃないか』というものも含まれていることも少なくありません。ユースには常に力を注いできましたし、新型コロナウイルス禍のなかでもずっと子どもたちを守ってきました。(ユースについては)誰にも迷惑をかけていないのですが、物事が正確に伝わりにくい状況にある、最近のネット社会の難しさと言えばいいのでしょうか」

竹原社長が言及した癒着とは、2018年9月27日の佐賀市議会総務委員会に端を発した問題を指す。バルーナーズの練習場として利用される予定の同市内の旧富士小学校体育館の改修工事をめぐり、当時の畑瀬信芳副市長が主導する形で市の予算を流用したのではないかと指摘された一件だ。

疑惑の目は畑瀬副市長と30年来の知人である、竹原社長との癒着へも向けられる事態に発展する。便宜供与を否定した畑瀬副市長だったが、市政を混乱させたとして翌2019年2月に引責辞任している。

それでも市民から疑惑の解明を求める声が絶えなかった状況に、竹原社長は事実無根を訴えるとともに「マスコミの方々の話題になったという点で、私の責任であると言われればそうかもしれません」という言葉を繰り返し残してきた。そうした状況で、昨年4月発表の2018年度決算で5億8100万円、今年4月の2019年度決算では20億円を超える赤字を計上した経営状況が批判を増幅させた。

Jリーグの歴史で最も巨額で不名誉な、20億円超の赤字

特に2019年度決算に関しては、サガンだけの問題にとどまらなかった。すべてのJクラブの経営情報が開示されている2005年度以降において、同年度のヴィッセル神戸が計上した10億5400万円をはるかに上回る、Jリーグの歴史上で最も巨額かつ不名誉な赤字額となってしまった。

決算自体は既存のスポンサーを中心とした増資を行った結果、J3もしくはJFLへの降格を余儀なくされる債務超過に陥る状況は回避できた。しかし、赤字額がもたらすインパクトがあまりにも強烈だったゆえに、クラブの「消滅」や「身売り」といったネガティブな言葉もメディアで飛び交った。

さらなる批判が寄せられるようになったなかで、差出人の名前が記された手紙や封書、あるいはFacebookのユーザー同士でリアルタイムなやり取りができるメッセンジャーには、長くサガンを応援してきたファン・サポーターの方々の悲痛な思いがつづられていたと竹原社長は言う。

「手紙などで『日本一温かいと思っていたサガン鳥栖のファン・サポーターの方々が、だんだん変わっていくのがすごく嫌です』と訴える声が多くなりました。Facebookで友達になった方から取り消されたこともありましたし、ある友達からはメッセンジャーで『Facebookで親しい友達は増えましたが、いま現在の状況は悪意と怨嗟(えんさ)に満ちていて気分が悪い。しばらくは閲覧をやめて、Jリーグが再開したらまた始めます』というメッセージが届いたこともありました。私だけへの批判ならば耐えなければいけない立場ですけど、ファン・サポーターの方々にもいまの状況を心苦しいというか、不快に思わせてしまっていることが……。メッセンジャーは誰なのかがはっきりとわかるので」

一クラブだけの問題ではない、Jリーグやサッカー界全体の信頼を損ねた

20億円を超える赤字を計上した原因を探っていくと、J1でも上位にランクされるチーム人件費が微減にとどまった一方で、スポンサー収入が激減した経営のアンバランスさに行き着く。

推定年俸8億円といわれたスペイン代表の元エースストライカー、フェルナンド・トーレスを獲得したのが2018年夏。主力を担った日本人選手と複数年契約を結び、さらに新たな日本人選手を期限付き移籍ではなく完全移籍で獲得。移籍金などの償却に時間を要し、結果として人件費が高騰した。

以前、当時の心境を「ビッグスポンサーと出会い、一度優勝しよう、というフェーズに乗ったなかでチーム人件費をどんどん上げてきた」と振り返ったことがある。攻撃的な経営者を自負する竹原社長は実際に地方クラブであるサガンの売り上げを飛躍的に伸ばしてきたが、一気呵成(かせい)に前へと進んでいった特に2016シーズン以降で、リスクマネジメントの意識を併せ持つことができなかった。

著しくバランスを欠いた代償が、サッカー界を驚かせた前代未聞の巨額赤字となる。クラブ内ではオンラインで状況を説明する機会が設けられていたが、ネガティブな言葉が飛び交う状況は選手やコーチスタッフを不安にさせ、前出したようにSNS空間に悪意と怨嗟が満ちる状況を生み出した。

古くからのファン・サポーターが心を痛めるだけではなく、既存のスポンサーにも少なからず不信感を生じさせ、新規のスポンサーを獲得しようと営業をかける際にも足かせになったはずだ。決算を確定させるまでにはJリーグのクラブ経営本部と連絡を密に取る。巨額赤字が避けられない状況に、決算確定の前後にJリーグの職員が鳥栖へ足を運んだこともある。ただ単に一クラブや地域だけの問題にとどまらず、Jリーグやサッカー界全体に対する信頼を損ないかねない、と危惧されたからだろう。

ドル箱のヴィッセル神戸戦を無観客で開催する運命のいたずらも…

経営再建を期す今年度予算は、チーム人件費を前年度の半分以下の11億6900万円へ大きく削減した。その背景には数年前から構想を進めてきた、育成型クラブへの転換を本格化させる狙いがあった。実際、敵地で川崎フロンターレと引き分け、勝ち点1を手にした2月22日の開幕戦の中盤には松岡大起、本田風智と、中断期間に19歳になったユース出身コンビが先発している。

最終的には1200万円の黒字を計上する予算を組んで臨んだ今シーズンは、しかし、開幕節直後からすべての公式戦を中断させてきた新型コロナウイルスの影響に直撃される形で、大幅な軌道修正を余儀なくされている。例えば当初は7億9000万円を計上していた入場料収入は、竹原社長をして「4億5000万円にいけばいいのかな」と言わしめる、大幅な減収を見込まなければいけない。

すでにJ2再開とJ3開幕を迎えたJリーグは、4日に再開されるJ1を含めて、最低でも最初の2節を無観客試合改めリモートマッチで開催する。この場合は当然ながら入場料収入がゼロになる。そして、鳥栖は8日の第3節でヴィッセルをホームの駅前不動産スタジアムに迎える。

スペイン代表とFCバルセロナで一時代を築きあげたレジェンド、アンドレス・イニエスタが加入してからのヴィッセルはホームだけでなく、ヴィッセルがビジターで訪れる敵地のスタジアムのスタンドも大勢のファン・サポーターで埋めてきた。例えば昨シーズンは鹿島アントラーズや浦和レッズなど7つのクラブが、イニエスタ効果のもとで最多観客動員数を記録している。

サガンもその一つで、トーレスの引退マッチでもあった昨年8月23日の一戦は昨シーズン最多だけでなく、歴代でも2番目に多い2万3055人を記録している。まさにドル箱のヴィッセル戦の収入がゼロになる。対戦カードは「日程くん」の愛称で知られる、競技日程を自動作成するソフトでプログラミングされる。運命のいたずらにも映る日程を、竹原社長はどのように受け止めているのか。

開幕前から公言してきた、新規の大口スポンサーについては?

「もちろんお客さんがたくさん入ったなかでやりたかった、という思いはありますけど、いまはスポーツの存在価値や存在意義が問われる意味でも、試合ができることの方が大きいと思っているので。私はポジティブに捉えています。要はいかに筋書きのないドラマを届けられるか。再開後のホーム初戦の相手が神戸さんというところで、昨年は世界も注目した満員でのフェルナンドの引退試合というところから(※)、今年はスタンドに誰もいないというギャップも、サッカーができているからこそ感じられるものだと思っています。昨年のウチとはまったく異なる、育成型にシフトしたチームで戦えるところもまた楽しみではあるので」
(※編集注:昨シーズン8月23日に開催された第24節のヴィッセル神戸戦が、トーレスの引退試合となった)

黒字を達成するためには、入場料収入の減収分をスポンサー収入の増収で補うスキームを構築するしかない。レッズやアントラーズと同様にクラウドファンディングを実施する構想が進んでいるなかで、開幕前から竹原社長が公言してきた、新規の大口スポンサーがまだ公表に至っていない状況も、クラブや竹原社長自身への批判を強める一因となっている。果たして真相はどうなのか。

「2月に佐賀新聞さんに胸スポンサーに入っていただきましたが、そのときの契約が継続中です。佐賀新聞さんが無料でやっているのならば話は別ですけど、私どももお金をいただいている状況で、それで中断のまま終わらせてしまうわけにはいきません。佐賀新聞さんとの仕事もしっかりとしなければいけないなかで、胸スポンサーが変わるぎりぎりのタイミングまでは発表できない状況です」

クラブを支えるファン・サポーター、そして26人のスタッフが訴えた想い

J1リーグ再開へ向けてまず進めてきたのが「サガン鳥栖ドリームパスポート」と呼ばれる、シーズンチケットを購入しているファン・サポーターへの払い戻し作業だった。6月中旬に案内文書を郵送したなかで「返金対応」だけでなく、購入代金の全額をクラブへ寄付する「サガン鳥栖支援A」と50%を寄付する「サガン鳥栖支援B」を、それぞれ購入者が選択できる形とした。

同時に自身の報酬を6月分から、最低でも年内いっぱいは100%返上していくことを決めた。寄付を選んだファン・サポーターの思いを考えたときに、自身が報酬を得る状況は好ましくないと判断した。

「サガン鳥栖の今後のために使ってほしい、という純粋な思いが寄付されるお金には込められていると受け止めています。なので、サガン鳥栖ドリームパスポートを買われている、一番コアな存在であるファン・サポーターの方々へお願いするにあたって、寄付されるお金の使途のなかに経営責任者である私への報酬が入っていない方がいいのではないかと、心のなかでずっと考えてきました。佐賀という小さな町でも、新型コロナウイルスによるダメージを皆さんが受けている。そのなかで、サガン鳥栖だけが『助けてください』と呼びかけるのはどうなのか、と」

もう一人の常勤取締役である財務担当役員の谷村修三氏も、報酬の50%を6月分から返上していく。金額の多寡にかかわらず、ファン・サポーターが身を削ってでもサガンの役に立ちたいと寄付を決めた以上は、自分たちも何らかの形で身を削っていきたい――。竹原社長と谷村常務の報酬返上が社内で共有されてからしばらくして、人目をはばかることなく同社長を号泣させる出来事があった。

ある日の朝礼で、26人を数える職員の有志一同から文書が提出された。文面には全員の名前に捺印が押された上で、報酬の5%から10%を返上する意向がつづられていたからだ。

「私は感情が表に出やすいタイプですけど、それでも人前で泣くことはそれほど多くはない。ただ、あのときだけは経営者として申し訳ない気持ちになったというか、本来であれば私が守ってあげなければいけない、家族とも呼ぶべき職員から『ファン・サポーターの方々にそのような選択をお願いするのならば、職員としても頭を下げたい』と言われた瞬間に感謝の気持ちも混じって、気がついたときには何とも表現しようのない涙があふれていた、と説明すればいいんでしょうか」

責任の取り方は、辞任することだけではない

J2を戦っていた2011年5月に就任した竹原社長は、目の前の現実と向き合うとともに、10年後、20年後のサガンの姿も考えていかなければいけないと強調してきた。1960年12月生まれの竹原社長は、80歳になる20年後は「もう生きていないでしょう」と笑い飛ばしたこともある。

「フェルナンドをサガン鳥栖に連れてくる、という決断を下したのは私です。なので、クラブを取り巻く状況をそう(混乱)させたのが私ならば責任を取りますが、同時にどのようにしていけば次の世代のサガン鳥栖の経営がよくなるのか、ということも常に考えています。その意味でも今年は何とかやり繰りして、こんな状況だからこそ黒字で終わりたい。ただ、身の丈に合った経営という言葉は好きじゃない。骨太の経営をしていけるように、これまでのサガン鳥栖のように大胆な施策をやっていくために、社員全員で知恵を出し合いながら考えているところです」

債務超過に陥る最悪の事態こそ回避できたとはいえ、他のJクラブとは明らかに一線を画す、桁違いの巨額赤字を計上した過去を変えることはできない。放漫経営とも揶揄(やゆ)された事態を招いた責任は、当然ながら2011年5月から代表取締役を務める竹原社長に帰結してくる。

同社長自身も感じている責任の取り方はしかし、辞任することだけには行き着かない。批判を一身に受け止めながらも現職にとどまり、責任企業をもたない地方クラブが生き残っていく道をしっかりと整えた上で次世代へバトンを託すこともまた、責任の取り方の一つとなる。

<了>

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