日本で人口減少が進む本当の理由  今の少子化対策は正しいのか

人口の集中が続く東京の町なみ

 厚⽣労働省が公表した⼈⼝動態統計(概数)によると、2019年の出⽣数は統計開始以来最少の86万5234⼈で、前年から5万3166⼈も減った。90万人を切ったのは初めてのことだ。⼥性1⼈が⽣涯に産む⼦どもの推定⼈数「合計特殊出⽣率」は 1・36、出⽣数から死亡数を引いた⼈⼝の「⾃然減」は51万5864⼈だった。減少幅は過去最⼤だ。

 政府は5⽉に閣議決定した第4次少⼦化社会対策⼤綱で、若い世代が希望通りの数の⼦どもを持てる「希望出⽣率1・8」を⽬標に掲げ、不妊治療にかかる費用負担の軽減などを提言している。だが現在日本で進行する人口減少の原因は本当に少子化にあると言って良いのだろうか。そして少子化対策は人口減少に本当に有効なのか。政策研究大学院大の松谷明彦名誉教授に聞いた。

日本における出生者数と死亡者数の実績と予測=実績は厚生労働省「人口動態統計」,予測は国立社会保障人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)による

 ▽戦後最多だった死亡者数

 政府は人口減少と少子化を同じ事象であるかのように話しているが、現在の人口減少の原因は、少子化が主たる原因ではない。今回発表された数字の中で、注目すべきは死亡者数だ。138万1098人という数字は過去最大。まずはこの事実を押さえる必要がある。

 日本で死亡者数の増加が顕著になったのは、1980年代半ばぐらいから。これは戦前、軍部が「産めよ殖やせよ」と奨励した際のベビーブームの世代が高齢化し、寿命を迎え始めたからだ。そしてそのベビーブームの後には戦後のベビーブームが控えている。したがって、この死亡者数の大幅な増加は、2040年ごろまで続く。つまり現在進行中の死亡者の急増は、言ってみれば人間に寿命がある以上避けられない自然現象なのだ。

 ▽「人口減少=出生率低下」という思い込み

政策研究大学院大学の松谷明彦名誉教授

 つまり、少子化ではなく死亡者数の急増こそが、現在の人口減少の主因なのだ。だから、はっきり言ってしまえばどうにもならない。国立社会保障人口問題研究所の人口推計を見ても、死亡者数が減り始め、出生者数の減少が人口減少の主因となるのは30年代の半ば以降であることが分かる。

 ところが、政府もマスコミも、人口減少と聞くとすぐに出生者数の減少の問題だと思い込んでしまう。もっと冷静に、二つのファクター、つまり「死亡者数の増加」と「出生者数の減少」のそれぞれが今どうなっているか、事実を押さえ、分析することが必要なのである。

合計特殊出生率の推移

 ▽出生率が上がらない理由

 では、出生率を考えてみるとどうなのか。合計特殊出生率は、05年に1・26まで落ち込んだが、それを底として、少しずつではあるが上昇していた。ただここ4年はまたじわじわ低下している。その原因は何か。

 まず一つは、若い世代の就業状態が不安定だからだ。子どもを産むかどうかの判断は、安心して育てられるかどうかが一つの基準になる。非正規労働者の場合は、産むという決断はなかなか難しいだろう。実際のところ、雇い止めであったり、産休、育休を経て復職できるかどうかの不安は大きい。一方で、今の若い人たちの3割から4割は非正規だと言われている。これが出生率の上がらない要因になっていると考えていいのではないだろうか。

 次に、景気の先行きの不透明さも影響しているだろう。現在のコロナ禍に見舞われる前も、「東京オリンピックが終わったら景気が悪くなるだろう」という人は多かった。先行きに不安があれば、やはり子どもを産むという決断はしづらくなる。

 ▽もっと大きな要因

 出生率について考えるとき、そうした景気や個々の収入の不安定さよりももっと注目すべきことがある。11年まで人口問題研究所が出していた「合計特殊出生率の要素分析」を見てみよう。

 ここに出てくる「有配偶出生率」というのは既婚女性の出生率のこと。その変化を数値で示している。これをみると、1980年代以降、既婚女性の出生率は徐々にではあるが上がっていることが分かる。だから「子育て環境が悪くなっているから子どもが産めなくなっている」というのは、正しくないということだ。

 さて、もう一つの表「有配偶率の変化による影響」をみてみる。これは、結婚している女性の割合の変化を表している。こちらは80年代以降、大きく下がっているのだ。

 この二つのデータが意味しているのはこういうことになる。すなわち、「出生率低下の原因は、子育て環境が悪いからではなく、結婚する女性の割合が減ったことにある」ということなのだ。国勢調査のたびに厚労省が発表している50歳時の未婚割合(生涯未婚率)をみても、結婚する女性の割合が減っていることは裏付けられている。それによると、2005年の女性では7・0%、それが15年には14・06%になっている。

 無論、結婚を選択する、しないは個人の考えに基づくものであり、その判断は尊重されねばならない。だからそのことの是非をここで議論するつもりはない。ただ、このことから言えるのは、少子化対策として子育て環境の整備の予算を組んでいることの不自然さである。「合計特殊出生率の要素分析」は12年以降は発表されなくなり、代わって「夫婦の完結出生児数」なる統計が登場する。そこには「子育て環境の整備」に都合の良い数字が並んでいる。

 ▽急激に進む出産適齢期の女性人口減少

 実は、出生者数を押し下げている最大の要因がある。統計上最も出産の機会が多い25歳~39歳の女性の人口が今、激減している。10年には1264万6千人だったものが、15年には1099万3千人とわずか5年間で1割以上減っているのだ。20年は994万人と、たった10年で2割以上も減ると推計されている。

 なぜこんなことが起きているのか。戦後間もない頃には約270万人いた出生者数が、その後十数年で160万人程度に激減しているのだ。敗戦後の復員や旧植民地からの引き揚げなど、国内人口急増の中で、飢餓対策から優生保護法の改正により経済的困窮を原因とする中絶が是認され、出生者数はなんと4割も減ってしまった。これは事実上の産児制限だ。その世代の影響が時間をおいて今も続いているのだ。これはすぐに解決できるものではない。

 ▽政府の二つの罪

 「人口減少の原因は少子化にある。それは子育て環境の悪化によるものだ。だから子育て支援が最大の少子化対策だ」。ここまで読めば、こうした主張の誤りはわかっていただけただろう。人口減少の原因は死亡者数の増加によるものであり、出生数の減少は生涯未婚率が上昇したこと、さらに25~39歳の女性の人口が急減していることが原因だ。

 そうであるなら、政府の施策は今のままで良いのか。私は政府の二つの罪を指摘したい。

 社会福祉の重要課題の上位に子育て支援が来ているのはいかがなものか。もちろん核家族化が進んでいる中で、環境整備として子育て支援をするのは間違いではない。政策の優先順位が違うということだ。例えば、貧困や就業難で結婚したくともできない人、子どもを持ちたくても持てない人々はどうなのか。社会福祉は、本当に困っている少数の人々を、その他の大勢の人々でサポートするものであればこそ、持続可能な社会制度たり得るのだということを忘れてはならない。

 さらに、説明した通り、急速な人口減少の流れは変えられないのだから、これから必要なのは人口減少を前提とし、その中で豊かな社会を模索するための政策立案であるべきだ。それをせず、少子化対策に予算をつぎ込めば人口問題は解決できると強弁するのは、方向性が誤っている。予算の公平で適切な配分という側面からも、政府はもう一度事実を見つめるべきだろう。

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