「夜の街」対策、なぜできないか

感染症医と歌舞伎町に出かけて気づいたこと

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西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント。リテラジャパン代表。インペリアルカレッジ・ロンドンでPhD(リスク政策・コミュニケーション)。厚生労働省などで委員を務める。福島での原発事故時には福島飯舘村アドバイザー。IAEA(国際原子力機関)パブリックコミュニケーションコンサルタント

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新宿・歌舞伎町の繁華街

 東京都の新規コロナウィルス感染者が3日連続で100人を超えた。多くが「夜の街」関連だ。第2波が心配だ。先週、筆者は「夜の街」での新型コロナウィルス対策を現場と共に考える「夜の街応援!プロジェクト」で、東京随一の歓楽街、歌舞伎町に感染症医と一緒に出かけた。そこで感じたのは有効なウイルス対策がハイリスクの現場で、本当に必要な人たちに具体的には伝わっていない、ということだった。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

   ▽混乱と疲弊を起こしている「3密」

 夜の街のクラスター発生が止まない理由は、環境要因が大きい。だが、科学に基づく適切な対策を伝えるリスクコミュニケーション不全も大きな原因にある。

 政府が打ち出した「密閉・密集・密接」を避ける3密回避、「新しい生活様式」。市民生活へ踏み込んだ対策を指示した割に、細かすぎて逆に伝わっていない。市民が腑(ふ)に落ち、自らが納得して行動を変えるというリスクコミュニケーションが不全を起こしている。

 現在、多くの市民が感染拡大抑制に協力していると感じる一方、根本的な感染症対策が伝わっていないため、ある場面では徹底した感染予防を重視するあまり、市民生活に負担と制限がかかり過ぎで、別の場面では逆に、根本的な対策がおろそかになりがちだ。

新型コロナウイルスの感染を防ぐため、教室で間かくを空けて着席する児童=6月、東京都内の小学校

 授業が再開された学校では「おしゃべり禁止・ひとりで登下校」。公園の遊具の使用が一時期、禁止されたことから今でも外遊びが減っているようで、感染予防策を重視するあまり、子供の成長に影響が及ぶことが懸念される。生徒数を減らした授業も、消毒もで、教師も心も体も余裕がなく疲弊しているという。

 高齢者がリハビリ目的で利用するデイケアサービスはどうしても「3密」状況があり、感染を心配するあまり通所を止め、逆に筋肉が衰え入院したケースもあるようだ。

 筆者も日常生活でさまざまな場面に遭遇する。周りに人がいないのに、暑い中、犬の散歩でマスクを着けて歩いている人。デパートのエレベーター前でマスクをつけながら談笑していた4人が、エレベーターが来るなり「3密なので2人ずつで別々に乗りましょう」。保育園では保育士が「3密を避けて遊びましょう」と幼児に伝えていながら、砂遊びの後、水道の蛇口を皆が触って手洗いしている。

 「3密」回避の誤解は根深い。「3密」とは、集団感染(クラスター)が起きる状況が揃いやすく、避けるべき環境のことだ。だが注意すべきは、「密集、密閉、密接」のうち、3番目の「密接」は「会話」が発生する「条件付き密接」。それも大声や長い会話などの「密な会話」を指す。

 確かにエレベーター中は「3密(密集、密閉、密接)」になりやすい。だが、大きな声でおしゃべりをせずに普通に乗ったらよいし、黙って正面を向いて乗るから飛沫は飛ばない。エレベーターの中の感染が不安なら、「閉」ボタンを押すことを止めた方が感染予防によほど役立つ。接触感染を知っていれば、外遊びの後の手洗いは蛇口をできるだけ触らないようにする対策を考えるべきだろう。

マスク姿で東京・銀座を行き交う人たち=6月27日午後

 ▽「マスクをすればよい」は、思考停止

 コロナの感染は2通りだ。「飛沫(つば)」を直接受けるもの(飛沫感染)と、飛沫が周りに飛び散り、別の人が陽性者の「ウイルス入りつば」がついたコップ、ドアノブ、手すりなどを触り、指を介し口(もしくは鼻)に入り、喉の奥に感染する(接触感染)。

 飛沫は大きな声や長い会話で飛びやすいが、それ自体が重く、大概1・5メートルで「ぼとっ」っと下に落ちる。互いに2メートル(1・5メートルの場合も)のソーシャルディスタンスを取る必要があるのはそれが理由だ。ちなみに、飛沫と一緒に出るエアロゾル(微粒子;「はーっ」と息を吐くと曇るその曇りのこと)感染が実際に起きているかは明確ではなく、例え起きたとしてもウイルス量は飛沫に比べ圧倒的に少ない。マスクをすると息苦しくこもりやすく、余計にエアロゾルが出る。

 逆に言えば、口を覆わないで至近距離にて真正面で会話することに気をつける以外は、そこまで神経質になる必要はないし、距離を取ればマスクなしでもよい。ましてや暑い中でのマスクは辛い。飛沫はまっすぐに飛ぶことを知れば、互いが斜めに立ったり、座って話すことで真正面から飛沫をかけたりかけられたりすることを避けることができる。感染予防にはウイルスが入りやすい口に入れないことが基本。だから普段から顔を触らないようにする。食事前の手洗い、手指消毒を徹底する。

「3密」を避ける行動を呼び掛ける大型モニターの前を歩く人たち=5月26日、東京都新宿区

 「マスクをすればよい」は、思考停止になる。単純に「3密を避けろ!」は誤解を生む。感染経路の基本を押さえた方が、場面ごとにどう行動するかの応用が効く。

 コロナウイルスはゼロにならない。ウイルスと共生するには工夫が必要だ。各自が感染の基本を理解し、自分の頭で考えれば感染を抑制することができる。ただ問題は、コロナ禍初期に「3密」「新しい生活様式」のようなスローガン的なものが先行し、感染経路、感染抑制のために必要なことが、相手に「伝わるように」するリスクコミュニケーションが適切に行われず、今でも尾を引いている。

 「マスク」「3密回避」のメッセージは単純で、いったん初期についたメッセージを後日訂正してもぬぐい去ることは困難だ。感染症のように、その抑制に市民の協力を仰ぐ対策ならば「後は自分で考えてください」と、社会に投げたままにせず、市民に伝わるように伝えないと意味をなさない。伝わっていないからこそ、感染を警戒するあまり、マスクをしていない他者を責める現象が起きる。生活者が必要としているのは、信頼ができて具体的、かつ、生活に役立つ安全情報だ。科学情報ではない。

人通りが戻りつつある夜の歌舞伎町=6月

 ▽夜の街で思った「ちょっとしたこと」の大切さ

 「3密」や「新しい生活様式」ではなく、なぜもっとシンプルかつ有効な感染症対策がなぜ伝わらないのか。それは筆者が先週に感染症専門医で、新宿二丁目営業再開のためのガイドラインを監修した岩室紳也医師と、ホストクラブやバーなど、歌舞伎町、新宿二丁目にある数店舗を訪問し、やはり感じた疑問だ。

「夜の街応援!プロジェクト」で現場を訪れた筆者

 都内随一の歓楽街の歌舞伎町にはホストクラブだけでも100を超える店があり、数千人が働いている。保健所などの公的支援だけでは現場に合わせた周知が及ばない。「夜の街応援!プロジェクト」は筆者らが立ち上げ、スタッフと共に店舗でのコロナリスクを低減することを考えていく試みだ。リスク管理では、ハイリスク対策を重点的に行い、リスクを下げることが鍵になる。

 実際に訪れた店舗に入ると、コロナ対策として靴の消毒や入り口での検温、テーブルにも液体アルコール消毒スプレーが置かれ、政府のガイドラインに従い、感染を起こさないことに気を配っていることが分かる。

 しかし、実際に店舗を回ると岩室医師からは多くの改善点が指摘された。それも、ガイドラインなどには書いていない「ちょっとしたこと」。だがそれが、感染予防には実に重要な情報だ。

 例えば、客に提供するグラスは、飛沫を防ぐビニールシートで棚をおおうより、カウンターの下に保管する。客に提供する直前に洗い、ふきんではなく、使い捨てのペーパータオルを使う。洗面所では、客が蛇口を手で触らないよう、できるだけ自動水洗化、もしくは、肘で蛇口を操作できるレバーにする。店側は、洗面所から席に戻った客に手指消毒を勧める。

 おつまみは、皿に盛って提供するのではなく、出来るだけ個包装のものを出す。客にも口に入れる可食部分を手で触らないように伝える。客との立ち位置、座り方も、飛沫がかからないようお互いに斜めになるよう工夫する。手指消毒を徹底するため、個別のアルコール手拭いを用意し、個別配布する。喫煙の際には、指が唇に触れないようにする。キスする前に単純なうがいをすることでもウイルス量を減らせるなど、キスエチケットがあることを周知する。カラオケや大きな声を出す状況では、飛まつが飛ぶ経路周辺に、口が触れるグラスや食べ物、飲み物を置かず、ビニールシートで遮断する。飛沫が落ちているので店の床には触らない、触れたら手を洗う。

店舗内で指導する岩室医師

 店のフロアやテーブルだけではなく裏方の作業場や洗面所も回り、スタッフからの質問には、岩室医師の具体的なアドバイスが尽きなかった。一店舗当たり40分程度の滞在であったが、飛沫感染とは何か、食事前の手洗い(手指消毒)の重要性という2点に絞って話した。リスクはゼロにできないから、一つ一つの対策を組み合わせることでリスクを少しずつ低くしていくという考え方をスタッフに伝える姿が印象に残った。

 ▽シンプルな具体策が必要

  「店舗に合わせ、店舗やそれを維持しているスタッフたちの事情も尊重しながら、具体的なアドバイスをいただき、より安心して働けます!」 

 「自分の周りを守る為にも専門的な知識をシェアしていきたいと思いました。先生も親身になって話してくれ、話が理解しやすかった」

 「コロナに関してのさまざまな情報が溢れていて、何が正しく何が間違っているのかが分からず整理する集中力も散漫になってしまっていたときに、飛沫とエアロゾルという2種類の感染源の違い、ウイルスの摂取量の考え方を教えてもらえた。必要以上に神経質にならず、シンプルに口元にウイルスを運ばないというただ1点のみに注視するという考え方が分かりやすかった」「ウイルス量を気にして、生活の中で予防習慣を付けることが大事だと思った」。

 訪れた店舗の経営者やスタッフから、後日感想をもらった。撮影した動画を他のスタッフとも共有し、医師からのアドバイスを実行に移すという。店側としても、感染対策ガイドラインに載っていない「ちょっとした事」が聞きたいのだ。

 岩室医師が行ったことは優れたリスクコミュニケーションだ。感染について相手の視点で基本情報を伝え、なぜその対策が必要か、店側は実効性と有効性に納得するからこそ、行動に移す。

 具体的かつ有効な医師のアドバイスを聞くにつれ、「新しい生活様式」を個々で考え対策を取ることと、公衆衛生の考え方に不慣れな店側にリスク対策を任せっきりにする方法には疑問が湧いてきた。ガイドラインを作るが、あとはお任せ、といった一方通行の情報提供にも限界がある。現場はそれぞれに違うからだ。

 店舗の個性に合わせ、スタッフと一緒に感染対策を考えること。具体的でハードルが高すぎない対策を、店舗に足を運び、双方向のコミュニケーションを取りながら指導すること。今回の訪問で、こうしたことが店舗での感染リスクを下げると確信した。

 感染症は人から人に感染するものであり、ハイリスクの場所を責め忌諱することは社会として健全ではない。ウイルスとの共生を考える必要がある。ウイルスを過大視も過小視もせず、場面に合わせて現場と共に考えていく。こうしたリスクコミュニケーションを進めることが、第2波を呼び込まないために今、急務なのだ。