7月4日にいよいよ再開される明治安田生命J1リーグ。一方、来週8日から再開されるのがアメリカのMLS(メジャーリーグサッカー)だ。
新型コロナウイルスの感染拡大が続いているアメリカ。やはり通常の形での再開は難しく、MLSはフロリダでの一ヶ所集中開催を選択している。
そんなMLSは近年、チーム数が増え続けている。2020シーズンも個性的な2チームが参入した。
特に、デイヴィッド・ベッカムが共同オーナーに名を連ねるインテル・マイアミは多くのサッカーファンにとって気になる存在だろう。
そこで、アメリカのスポーツビジネス事情に詳しい、Blue United Corporationの中村武彦代表に、新規参入の2チームやMLS全体の状況・ビジョン、今季は2名がプレーする日本人選手の評価などを聞いた。
“新たなインテル”がMLS参戦
――今年の2020シーズン、MLSにはインテル・マイアミとナッシュビルSCの2チームが参入しました。それぞれどんなチームでしょうか?
インテル・マイアミは言うまでもなく世界のスーパースター、デイヴィッド・ベッカム氏が共同オーナーの一人に君臨するクラブでリーグとしても非常に大きな期待を寄せている、いわば鳴り物入りです。
ここまでスタジアム建設用地がなかなか決まらず苦労をしたことは有名ですし、同時にMLSが開幕したときにはフロリダ州にマイアミ・フュージョンと、タンパベイ・ミューティニーが存在したもののリーグ開幕後数年で観客が入らないことで閉じられ、フロリダにプロサッカーチームは根付かないという定説を持つ歴史が存在します。
しかし、2015年より当時元ブラジル代表のカカ選手を擁するオーランド・シティSCが大成功し、MLSの下部に位置する独立リーグには元日本代表の山田卓也選手や、元イングランド代表のジョー・コール選手が所属したタンパベイ・ラウディーズや、元イタリア代表のパオロ・マルディーニ氏が共同オーナーを務めるマイアミFCが立ち上がるなどしています。
フロリダは元々「南米との出入り口」と言われており、ベッカム氏も自身のチームの活躍に期待しています。
一方、ナッシュビルは以前からサッカー人気のある土地柄であり、今回のMLSへの参画をする際にもナッシュビルSCの共同オーナーとして元駐日大使のウィリアム・ハガティ氏が深く支援。インテル・マイアミとは異なり、自分たちのスタジアムもすぐに決定するなど独立リーグでプレーをしていたクラブは瞬く間にMLS入りを果たすことができました。
何よりも驚くべきことは、2020年の開幕戦にリーグ2位となる約6万人のファンが大挙して押し寄せたことです。関係者をも驚かせました(※1位は一昨年のMLS王者アトランタ・ユナイテッドの約7万人。3位は昨年のMLS王者シアトル・サウンダーズの約3万7000人)。
※大観衆が詰めかけたニッサンスタジアムでのナッシュビルSC対アトランタ・ユナイテッド戦の様子。この試合ではナッシュビルの記念すべきMLS初ゴールも生まれている。ちなみに、ナッシュビルは「カントリーミュージックの聖地」で音楽の街として有名。
――インテル・マイアミはデイヴィッド・ベッカム氏だけでなく、日本の孫正義氏が共同オーナーに名を連ねていることでも知られています。アメリカ国内での注目度はどうですか?
よく日本のメディアで「全米が沸いた」と言った表現を見ますが、そのようなことはまず早々はありませんしいくらベッカム氏と言えどもインテル・マイアミはそこまでは達していません。
しかし、シーズン開幕前に既にシーズンチケットが完売したことは地元での注目度は抜群に高いことを物語っています。
※インテル・マイアミの開幕戦。ロサンゼルスでの試合(対ロサンゼルスFC)だったこともあってかヴィクトリア夫人とともに観戦したベッカム。
――先ほども出ましたが、フロリダはスポーツチームが運営面で苦戦する土地という印象がやはりあります。インテル・マイアミがそこを本拠地にした理由は他にも何かありそうでしょうか?また、オーランド・シティは具体的にどんな状況ですか?
インテル・マイアミの補足としては、共同オーナーの一人であるマルセロ・クラウレ氏は、FCバルセロナが2009年ごろにMLSにチームを保有する話があった際も共同オーナーとしてFCバルセロナと一緒に動いていました。
この時もフロリダを候補フランチャイズとしており、もしかしたらその時のネットワークや土地勘もあるのかな?と個人的には考えてみたりはしています。
オーランドは、2015年にMLSへ参入した比較的新しいクラブながら、リーグ7位となる平均観客動員数約2万3000人を記録。元ポルトガル代表のナニ選手などを擁する人気クラブとなっています。
フォーブス誌が毎年発表するMLSクラブ資産価値においてもオーランドは12位となる約295億円となり、着実に存在感のあるクラブとして成長しています。
「世界を代表するリーグ」を目指すMLS
――NBAのスーパースター、ケビン・デュラントがフィラデルフィア・ユニオンの共同オーナーとなるなど、最近もMLSは面白い話題が豊富です。現在26チームが所属しているリーグは最終的に何チームまで増えそうですか?そしてMLSは今後、世界の中でどんなリーグになっていくのでしょうか?
コミッショナーのドン・ガーバー氏は元々もっと少ないチーム数でリーグの拡張は打ち止めにすると公言してきたものの、需要が増え、リーグへの参加料が250億円を超えることから現在の数まで伸ばしてきました。
現在は確か30チームまで拡大すると言っていますが、2026年にアメリカ・メキシコ・カナダワールドカップ開催があり、少なくともこのサッカーへの投資はその時までは衰えることなく増加し、サッカーの価値は非常に大きくなっていくものと思われます。
それゆえ、本田圭佑選手、ディディエ・ドログバ氏のように独立リーグへの投資も増えています。女子のプロリーグもオリンピック・リヨンが投資をして参加するほどです。
MLSは既に年俸1億円を超える選手が60名を突破しており、MLSとしては「世界を代表するリーグ」を目指すことを公言しています。その中の指標の一つに「選手が自ら選んでプレーをしたいリーグ」があり、最近それが実現しつつあるように感じています。
何よりも鍵は勝敗だけではなく、「投資対象」として自分たちのビジネスを見せることを最重要にしていることが大きいと理解しており、スポーツビジネスの視点を強く持つ海外の投資家はこれからも増えていくものと思われます。
――MLSでは今シーズン、遠藤翼選手(トロントFC)と久保裕也選手(FCシンシナティ)がプレーしています。日本人選手に対する評価はどんな感じですか?
私自身の仕事がこの掛け橋になることなので、言いづらいことではありますが、正直まだまだ高くなく、伸び代があると考えています。
理由はいくつかありますが、最大要因は日本人という人種で選手を見ていないこと。どこの国であっても「良い選手は良い」とフラットです。ただ、日米ともに欧州を見ているのでまだまだお互いのことを知らない、というハードルは大きいとも思っています。
また、双方とも年俸が決して安くはないので、そこまで出してスター選手が獲れないのであれば中南米から優秀な選手を安価に獲得し、欧州に移籍させるほうがビジネス的にもメリットがあると、MLSでは日本に限らず選手獲得に際してもビジネスの投資観点を用います。
現在、MLSにおける外国籍選手が300名近くおり(※約70か国から移籍!)、平均年齢も27歳と若いので、グローバルに優秀な選手を探しています。ですので、日本人という括りで選手を見るよりはフラットに世界中の選手と比較をしてスカウティングをしています。
――非常にイレギュラーな形となった2020シーズンのMLS、どのような点に注目していけば良いか最後に教えてください!
そうですね。やはり、アメリカらしくオリジナルなアイディアがスピーディに出てくるところはいつも注目しています。
決断が速く、驚くようなアイディアがよく出てきますが、考えて時期を逸するよりは先ずはやってみよう、ダメならやり直そう、というメンタリティは面白いです。
リーグの構造からしてそれを体現していますし、非常に勉強になることも多いなと思います。
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中村武彦/青山学院大学卒業。マサチューセッツ州立大学アマースト校スポーツマネジメント修士課程、及びマドリーISDE法科大学院修了。現・東京大学工学部社会戦略工学共同研究員。NEC海外事業本部を経て、2005年に日本人として初めてMLS国際部入社。2009年にFCバルセロナ国際部ディレクターなどを歴任後、独立し2015年にBlue Unitedを創設。鹿島アントラーズ・グローバルストラテジーオフィサー、MLSコンサルタントなども務める。2012年にはFIFAマッチエージェントライセンスも取得し、2018年にパシフィックリムカップを創設。同年プロeスポーツチームの「Blue United eFC」も立ち上げ。2017年より青山学院大学地球社会共生学部の非常勤講師を務める。著書:「MLSから学ぶスポーツマネジメント(東洋館出版)」