「目の前で泣いてしまう子を何度も見た」 故障を隠す球児を救うのは指導者の意識改革

怪我を押してでも投げたいという球児は多い

日本屈指のTJ手術執刀医・古島弘三医師に編集部が聞く10の質問・第10問

【教えて!古島先生10】
新型コロナウイルスの世界的大流行に大きな影響を受けた野球界。開幕が大幅にずれ込んだNPBやメジャー、春夏の甲子園が中止となった高校野球、同じく大会が中止となった社会人、大学生に加え、小中学生もまたチームは一時、活動自粛となっていた。

徐々にチームの活動が再開し、子どもたちに笑顔が戻ったが、一方でより強度の高い練習を行うようになり、故障のリスクにも注意を払っておきたいところだ。

そこで「Full-Count」では、野球における肩肘の障害を専門とする慶友整形外科病院スポーツ医学センター長の古島弘三医師にオンライン取材を実施。「教えて!古島先生」と題し、気になる10個の質問をぶつけた。これまでトミー・ジョン手術(肘内側側副靱帯再建手術)を約700件も担当した日本屈指の執刀医が、分かりやすく教えてくれた答えとは……。

インタビュー動画と合わせてお届けするシリーズ、第10問は「怪我を押しても夏の大会までどうしても投げたいという球児に出会った時、率直にどういう思いを抱きますか?」だ。

「手術を言われて目の前で泣いてしまう子もいる」

高校3年生にとって、夏の甲子園を目指す大会は集大成を発揮する特別な場所だ。小学生、中学生、大学生にもそれぞれ、特別な思いを抱く大会がある。練習を積み上げてきた成果の1つとして、優勝を目指す球児にとって、怪我で欠場することほど悔しいことはないだろう。

古島医師の元にも、これまで何人もの球児たちがやってきて、痛みを押してでも最後の大会には出たいと懇願してきた。それでも手術を勧めなければならない時、古島医師は率直にどんな思いを抱いているのだろうか。

「僕も小中高と野球をやってきて、その気持ちは十分分かります。確かに、今手術をしたら最後までできないし、最近はその大会に進路が関わっている子もいる。大会で結果を出せば、あの高校に行けるとか。また、勝利がすごく大事で勝たなきゃダメだという指導者も多く、プレッシャーもあります。故障をちゃんと治せば、その先も野球ができるけど、目の前の勝利や置かれた状況に我慢できず、そちらを選択して、さらに悪化させてしまう。少し先が見えていない子が結構いるんですよね」

今が大事なのか、未来が大事なのか。岐路に立たされた子どもたちは頭を悩ませるだろう。だが、そんな子どもたちが迷わず未来を選べる環境作りを、本来は大人たちが進めていかなければならない。

「今、頑張るべきなのか。もっと先を見据えて、将来プロになりたいのであれば今をどうするべきなのか。勝利至上主義、トーナメント制の大会形式、推薦入学、そういう社会的なことも含め、上手く考えられない過程があるんですね。こちらとしては残念で仕方がない。今が全てじゃない。もっと先を見てやっていかないとダメだろうなと。それを変えるには、大会の在り方を考えないとダメだと思いますが、指導者や大人がもっと、怪我をしないでいくことが一番だと理解することが大事。そのために僕も啓蒙活動をしているわけです」

子どもたちを今か、未来かという選択を迫られる状況に追い込む前に、まずは怪我をしない環境を整える。そのためにも保護者や指導者ら大人たちは、子どもたちの身体や故障に関する最低限の知識を持つことは必須だ。

辛い立場に追い込まれた子どもたちを、何人も何人も見てきた古島医師の言葉は重い。

「手術を言われて目の前で泣いてしまう子もいるし、本当に肩を落としてガックリする親子もいる。そういう姿をたくさん見ているので、これはもう伝えていかないといけない、そういう状況に追い込まれているんです」

子どもたちの身体と心が痛みを感じる前に、一日も早い大人たちの意識改革が求められている。

【動画】泣いてしまう子、肩を落とす親子… 何人もの球児を手術した古島先生が感じる大会の在り方

【動画】泣いてしまう子、肩を落とす親子… 何人もの球児を手術した古島先生が感じる大会の在り方 signature

(Full-Count編集部)

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