30年前に逆戻り?ドイツで「男女不平等」がなぜ進むのか

ドイツは、ヨーロッパの中でも男女平等に積極的に取り組む国です。世界経済フォーラムが2019年12月に公表した「ジェンダー・ギャップ指数」においても、対象の153ヵ国中10位にランクイン。前年度に比べて順位を4位上げました。121位の日本を大きく引き離しています。

しかし同国では、コロナ禍によりこれまでの努力が無駄になり、再び男女格差が開くのではないかという危惧が高まっています。


母親にのしかかる家事、育児

「男女平等を取り巻く(ドイツの)状況は30年分ほど巻き戻るのではないか」

ベルリン社会科学研究センター長、ユッタ・アルメンリンガー氏は、第1ドイツテレビジョンの政治トークショー『アンネ・ヴィル』において、こう警鐘を鳴らしました。

同氏は、独ツァイト紙のウェブ版に寄稿した記事でも、特に子育て世帯において「父親はお金を稼ぎ、母親は家事、育児を担う」という傾向が強まったと指摘。これは、保育園や学校が閉鎖され、祖父母やベビーシッターに子育てのサポートを頼めない状況で、母親に家庭内の仕事の負担が偏ったことに起因します。

マンハイム大学が行なったコロナ禍における就労と子育てに関する調査においても、同様の傾向が見られました。16歳未満の子どもを育てる家庭の約半数で、外出制限以降の子どもの面倒を母親が一手に引き受けていることが明らかになりました。

筆者の周囲でも話を聞いてみました。ベルリンで工学物理学者として働く男性は、「私の上司には小さな子どもが2人いますが、コロナ禍においては彼女が育児の大半を担っているのではないでしょうか。在宅勤務制度が導入されたので、勤務時間に融通がききますが、彼女が働くのはいつも早朝か深夜です」と状況を物語ってくれました。

アルメンリンガー氏が役割分担以上に懸念するのは、こうした従来型の役割分担が社会に定着することです。定着により、個人の意思とは関係なく、女性がキャリアを諦めることが当たり前になったり、経済的な自立や精神的な自由が制限されたりする構造が復活するのではないかと述べます。

西ドイツの保守的な家族観

こうした父親、母親の役割の固定化とそれに伴う影響は、30年以上前のドイツ、特に西ドイツの状況に見て取れます。90年代初頭の西ドイツにおいては、19世紀の民法が家族観に影響を及ぼしていました。そのため、社会システムの設計は、「家長は男性。男性は外で仕事をし、女性は家庭を守る」という価値観に基づいていました。

たとえば、西ドイツの民法1356条から「女性は自身の責任において家事をする。女性は婚姻、および家族に対する義務を果たす限りにおいて、就業の権利がある」という文言が削除されたのも、わずか40年ほど前のことです。

女性が家庭に入ることを前提とした家族観は、公的な保育、教育システムの整備の遅れとして表れました。3歳以下の子どもを預けられる場所がほとんどなかったり、学校の授業はお昼までしかなかったりと、子育てをサポートする機関が整わず、女性の社会進出の遅れが構造化しました。

30代の息子を持つ西ドイツ出身の女性に聞いてみました。すると「保育園が充実していることに関しては東ドイツの女性がうらやましかったです。下の子が小学校に入るまで私には専業主婦という選択肢しかありませんでしたから」と当時を振り返ってくれました。

変化する意識と変わらない社会構造

コロナ禍は、30年以上前の構造の根が現代ドイツにも残っており、少しのきっかけで簡単によみがえることを可視化しました。とは言え、ドイツ社会の意識は30年前とは違い、女性が家庭に入ることを当たり前とする人はほとんど見当たりません。

実際、休日の公園に広がる光景は従来の役割分担のイメージとはかけ離れています。父親が子どもを公園で遊ばせるのは日常の一部であり、母親同士がおしゃべりを楽しむ横で、父親が砂まみれで子どもの相手をする姿も珍しくありません。

それにもかかわらず「家族を養う父親、家事、育児をする母親」という構造は解消されません。それどころか、コロナ禍により勢いづいています。

6月8日のツァイト紙ウェブ版で公開された記事は、この原因のひとつとして、両親間の勤務形態の違いを指摘しました。記事では、コロナ禍以前から子育てをしながら働く女性の66.2%が時短勤務であり、父親よりも長い時間を家事、育児に費やしていることに言及があります。そして、こうした状況は社会の仕組みや家族政策、財政政策、男女間の賃金格差によって生み出されていると批判しました。

コロナ禍で浮き彫りになったドイツの男女格差の実態。社会構造に深く根をはる男女不平等を認識し、自分の身近なところから行動を始めるのがジェンダー・ギャップを埋める確かな方法ではないでしょうか。

© 株式会社マネーフォワード