【高校野球】甲子園につながらなくとも、将来とは地続き 公立校にとっての代替大会の意義

土気高校・塩田涼翔、神馬琉吾、土居通樹、高知尾泰造(左上から時計回り)【写真:佐藤佑輔】

「ウチは甲子園を目指してるわけじゃない」公立校にとっての1勝の意味

第102回全国高校野球選手権大会の中止が決まり、約1か月。代替大会、引退試合、上の舞台、将来の夢……。球児たちも気持ちを切り替え、新たな目標に向かってそれぞれのスタートを切っている。新型コロナウイルスは彼らから何を奪い、何を与えたのか。Full-Countでは連載企画「#このままじゃ終われない」で球児一人ひとりの今を伝えていく。

甲子園につながることのない代替大会に複雑な思いを抱く強豪校がある一方、大多数の高校にとってはまさしく3年間の集大成、晴れ舞台の場だ。ヤクルト高梨裕稔投手の母校で選手18人、マネージャー7人の25人で最後の夏に臨む土気高校(千葉)のナインは純粋に大会開催を喜んでいる。

「こんなことを言ってはなんですが、ウチは甲子園を目指しているわけじゃない。監督がヘボだからか、私が就任した2013年から夏は7年連続初戦敗退ですからね……。それでも子どもたちはとにかく1勝を目標に3年間やってきた。真剣勝負の場で、それにチャレンジできることがよかった」と胸をなでおろすのは、同校を率いる小川監督だ。3年生7人のうち、卒業後も野球を続けるのはわずか1人。彼らにとって高校野球は決して進路に直結するものではない。とはいえ、この3年間は確かに将来と地続きだ。

土気高校・渡邊雄太主将(左)と女子マネージャーの平山ひかるさん【写真:佐藤佑輔】

消防士、スポーツトレーナー、ブライダル…多様な夢へとつながる高校野球の経験

三塁を守る神馬琉吾(りゅうご=3年)は、1年春にチーム全員で観戦した春の選抜を一番の思い出に挙げる。「毎年春に関西遠征に行くんですが、最終日に試合を観戦して帰るんです。今年は遠征自体中止になってしまったけど、1年のときに訪れた初めての甲子園は忘れられない」。遠征費を捻出するため、年末年始は地元の神社でのアルバイトを経験。大晦日や3が日を大勢のバイト仲間と朝まで過ごし、大の苦手だったという人付き合いも克服した。卒業後は消防士の道を目指しており「礼儀はもちろん、正確に指示を伝えることも大事。採用面接が一番不安ですが、今までの成長を見せたい」と語る。

一塁でのレギュラー入りを狙う土居通樹(みつき=3年)は、1年夏の大会直前、持病のてんかんを起こし登校中に意識を失った。その後は治療のため学校を休みがちになり、3年間にほとんどの時間をグラウンドで過ごすことはできなかった。「ようやくよくなってきて、やっとみんなとプレーできると思ったらコロナで練習がなくなってしまった。でも、しっかり療養したおかげで今はほぼ完治してます。最後にみんなとやれる機会ができて本当によかった」と最後の夏にかける思いだ。自身が思う存分プレーできなかったぶん、将来はスポーツトレーナーとして選手を支える道を志している。

女子マネージャーの平山ひかるさん(3年)は同級生に誘われて野球部に入部したが、そこで明確な将来の夢を見つけた。小川監督の計らいにより、1年時に行われた顧問の中田部長の結婚式に部員全員でサプライズ出席。「会場にいたのは15分くらいでしたが、中田先生の幸せそうな顔を見てブライダル業界に強い憧れを持つようになりました。今、マネージャーとして日々行っている周囲への気配りや、試合でのアナウンスも、いずれは将来の仕事にもつながっていると思うんです」。夢を叶えるため卒業後は専門学校に進む。

強豪校のなかには「甲子園に変わる大会なんてない。そんなものは気休めにすぎない」と語る指導者もいる。だが、高校野球の裾野を支える何万人もの球児にとって、3年間を締めくくる代替大会は確かな意味を与えている。(佐藤佑輔 / Yusuke Sato)

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