薬師丸ひろ子 × 中島みゆき「未完成」の完成度に身震いせよ! 1987年 7月6日 薬師丸ひろ子のアルバム「星紀行」がリリースされた日(未完成 収録)

薬師丸ひろ子の4thアルバム「星紀行」

今から33年前… 1987年の7月6日に、薬師丸ひろ子の4thオリジナルアルバム『星紀行』が発売されました。本作は、全10曲中7曲の作詞を小説家の伊集院静が手掛けています。近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」や KinKi Kids「やめないで,PURE」など、彼の作詞時のペンネームはいつもなら伊達歩なのですが、本アルバムでは一貫して伊集院静名義で、旅先での物語や恋愛小説をテーマにしたような歌詞を提供。そのためかアルバム全体を聴くと、あたかも登場する女性たちの短編エッセイ集を読んだような気持ちになります。

そして、残り3曲は竹内まりやと中島みゆきが詞曲を提供しています。竹内まりやの「アフタヌーン・ティー」は女友達との仲直りをテーマにした穏やかなのに対し、中島みゆきが提供した「空港日誌」と「未完成」は、女優・薬師丸ひろ子ならではのドラマティックな要素を大いに引き出しており、他のアイドル歌手への提供作と一線を画しています。

アルバムのラストを飾る「未完成」トップ女優が歌う中島みゆきの世界

今回は、その中でもアルバムのラストに収録された「未完成」にスポットを当ててみます。これは、何と言っても、歌詞、メロディー、アレンジ、そして薬師丸の声が絶妙に絡まって映画のような上質感を出していて聴き終わって身震いするほどの傑作だと思います。以下、順を追って私なりに読み解いていきます。

まずはAメロ。

 言えないこと 何かあって
 あなたの目が 夜へ逸れる
 (1コーラス目)

 ずるい人ね あなたからは
 さよならとは きりだせない
 (2コーラス目)

椎名和夫の編曲らしい無機質な打ち込みサウンドもあって、場面は夜の都会のマンションの一室あたり、煮え切らない男と、つい答えを求めてしまう女のやりとりが目に浮かびます。つづくBメロで、この恋は「出来上がらないパズルのよう / 出来上がらない音楽のよう」と歌ったうえで、サビはこう続きます。

 歌い方を 教えてくださらないから
 最後の小節が いつまでもなぞれない
 歌い方を 教えてくださらないから
 短い歌なのに いつまでも終わらない

いつまでも未完成で終わらない恋愛模様が、歌詞はもちろんのこと、無限ループに入ったかのような意図的に長々として聞こえるメロディーでも表現しています。

しかも、このすごく長いフレーズを、深いブレスを入れることなく、薬師丸が一気に歌っていることで、この恋の繊細さや脆さがまざまざと伝わってきて、あらためて彼女の歌唱力の高さがよく分かります。また、細かいことかもしれませんが、「教えてくれないから」ではなく「教えてくださらないから」という言葉から、取っ組み合ってもつれた恋ではなく、上品に装って、本音も見えないまま、ケンカもしないまま、終わろうとしている恋模様が垣間見えます。これも、薬師丸ひろ子のようなトップ女優じゃなければ、成立しないフレーズでしょう。

言葉もメロディーも異なる2つのフレーズ、ひろ子のダブルボーカルに注目!

さらに、2コーラス後の展開がまた見事。

まず、大サビ前のCメロで、先に、未完成の恋を「出来上がらないパズル」とたとえた答えとして、「あなたの目の中で踊る誰か」が「私の捜せない(パズルの)かけら」を持っているのに対し、「あなたの目の中で消える私」は「いつまでも(その)かけらを捜してる」という心象風景が示されます。

その後、大サビでは、なんとサビのフレーズとこのCメロのフレーズ、

「♪ 歌い方を 教えてくださらないから 最後の小節が いつまでもなぞれない」
「♪ あなたの目の中で 誰かがおどる 私の捜せない かけらを持っている」

に続いて、

「♪ 歌い方を 教えてくださらないから 短い歌なのに いつまでも終わらない」
「♪ あなたの目の中で 私が消える 私はいつまでも かけらを捜してる」

…と、言葉もメロディーも異なる2つのフレーズを重ねています。いずれも薬師丸のダブルボーカルで同時進行していき、これにより状況がますます混迷していく感じのままで楽曲がフェイドアウトします。

なお、本作は2000年発売のシングル「Love holic」のカップリング曲としてセルフカバーしたり、2011年発売で本人が “もう一度皆さんに届けたい歌” として選曲したベストアルバム『歌物語』にも収録したりしています。やはり、彼女自身も、ただのアルバム収録曲のままでは終われない、並々ならぬ想いがあったのではないでしょうか。

本音に迫る中島みゆき、クールに演じる薬師丸ひろ子

これまで、恋愛に受動的でおとなしい女性として描かれることの多かった薬師丸ですが、本作ではグラスの中に鍵を隠させたり、もう1曲の「空港日誌」でも、呼び出しても来ない男のアリバイを壊そうとたくらんでみたりと、なかなか一筋縄ではいかない女性を演じています。その女性の本音に迫る歌詞を書く中島みゆきも見事ですが、それをクールに演じる薬師丸ひろ子も、ここで歌手としても確実にステップアップしています。

なお、中島自身もアルバム『回帰熱』(1989年11月発売)にて本作をセルフカバーしていて、こちらはスローなテンポで落ち着いた歌声になっている分、シリアスでより結末に近づいたような「未完成」が堪能できます。カラオケにも入っているので、是非呼吸を整えてから挑戦してみてください、さもないとホントに息が続かないので。

Song Data
■ 未完成 / 薬師丸ひろ子
■ 作詞:中島みゆき
■ 作曲:中島みゆき
■ 編曲:椎名和夫
■ 収録アルバム:星紀行
■ リリース日:1987年7月6日
■ オリコン最高位:3位(CD)
■ 推定売上枚数:8.1万枚(CD+LP+カセット)
■ 100位内登場週数:11週(CD)

カタリベ: 臼井孝

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