古い価値観さらけ出した「美術館女子」 若い女性は無知? メディアに必要な視線のアップデート

 「美術館女子」と銘打った読売新聞などの連載企画が、6月の公開直後からインターネット上で激しく批判された。アイドルグループ「AKB48」のメンバーを起用し、幅広い人を対象にアートの魅力を発信することを狙ったこの企画に、会員制交流サイト(SNS)では「若い女性を無知な存在として消費している」といった声が次々と上がり、2週間余りで公開終了に追い込まれた。「#MeToo」運動や「フラワーデモ」など、性差別や偏見の解消への気運が高まる中、古い価値観をさらけ出してしまったメディアは、変わることができるのだろうか。(共同通信=前山千尋、森原龍介)

読売新聞「美術館女子」の特設サイト=6月25日、東京・汐留で撮影

 ▽作品、ただの背景に

 東京都現代美術館(都現美)に置かれていた作品を背景に、メンバーの1人がカメラに視線を向ける写真を中心に構成されていた6月13日付け朝刊の第1回。「『芸術って難しそうだし、自分に理解できるのかな』。そう思っていた」といった本人のものとみられる言葉もつづられた。

 企画は、読売新聞と公立美術館約150館が加盟する美術館連絡協議会(事務局・読売新聞東京本社)が、紙面とオンラインサイトで展開した。

 美術館という場や作品の説明よりも、女性アイドルにスポットが当てられているように見え、知識のない「女子」でも作品に感動できたという「ストーリー」が浮かんでくる。ネット上では「性別でカテゴライズしないで」「若い女=教養がないと思っている」などと、「女子」という性別を前面に出した内容や、知性より感性が勝るというステレオタイプの女性像への批判が相次いだ。

 「アイドルのキャンペーンだと思いました」。こう話すのは、水戸芸術館現代美術ギャラリーの元学芸員で、現在は香港のアートセンターの館長を務める高橋瑞木さんだ。都現美では、これまで「MOTアニュアル2005 愛と孤独、そして笑い」という女性作家だけのグループ展やモデル山口小夜子さんの個展を開催し、今秋にはアートディレクター石岡瑛子さんの大規模な回顧展も開催する予定だ。だが高橋さんは「学芸員がジェンダー(社会・文化的性差)規範について批評的な企画をしたり、女性の表現者の仕事に注目したりしてきたにもかかわらず、こうした活動の実績が伝わってこない。企画担当者の美術館やジェンダー規範に関する理解の浅さがうかがえます」と指摘する。

 今回の騒動は、美術館に馴染みのない人に対し、どのように館の果たす使命や魅力を伝えられるのか課題も浮かび上がらせた。都現美はあくまでも「美術館の広告ではなく、読売新聞の企画」という立場だ。だが、一見すると広告のように見え、この企画が美術館のメッセージとも受け取れる。高橋さんは「広報予算が少なく、また広報やコミュニケーション戦略を後回しにしがちな日本の美術館のガバナンス(統治)の弱さを浮き彫りにしたように見えます」とも語った。

「美術館女子」と題した13日付の読売新聞朝刊特別面=6月25日、東京・汐留で撮影

 ▽若い女性はアイコン?

 読売新聞グループ本社広報部と協議会事務局は共同通信社の取材に「新型コロナウイルスの影響で国内の美術館が一時休館を余儀なくされた」とした上で、「美術館の多様な楽しみ方を提示し、多くの方に美術館へ足を運ぶきっかけにしていただきたいと考えた」とのコメントを出した。その後サイトでの公開を終了し、次回以降の連載について「ご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討していきます」と掲載した。

 今回のような美術に限らず、メディアは〝難しい〟社会的なテーマを扱う際にも、間口を広げようとしてしばしば若い女性タレントを起用してきた。共同通信社も2011年には「NIE(教育に新聞を)」の連載企画で、美術館巡りが趣味のアイドルに美術展を紹介してもらった。14年にはAKB48のメンバーがベテランの男性作家から戦争を学ぶ対談記事も配信した。

 報道機関の現場で意思決定するのは男性が多く、若い女性をアイコン(記号)としてしか捉えないような男性中心主義的な感覚が企画や記事に反映されやすいという長年の課題がある。

 ジェンダーの視点から執筆活動をするライターの鈴木みのりさんは問題の企画に、芸術そのものではなく、コロナ禍でも経済を回していくことが優先される今の政治状況が反映されていると感じたという。「商業的な利益追求が優先された企画に見えた。社会の中心にいる男性がマージナル(周縁的)な存在の若い女性を経済的に有用だと利用する構図ではないか」と疑義を呈した。

 ▽「またか」

 一方で、アイドルの側が専門性を身にまとい、自らの表現を洗練させていく例もある。アイドルグループ「アンジェルム」の元メンバーで、共同通信社をはじめ各社の美術記事にも頻繁に登場していた和田彩花さんは、その後、美術史学で修士号を取得。男性からの視線を集める存在ではなく、アイドルとして自立した表現を模索している。美術を巡る報道は、そうした新旧の価値観が絡まり合う現場でもある。

 メディアとジェンダーの関係を研究する東京大教授の林香里さんは、この騒動を「またかという感じです」とあきれる。そもそも「女子」という言葉は、女性を一人前として扱わない含意があり、日本では大人の女性にまで無自覚に使っているという。広告などでは「レキジョ(歴史の好きな女性)」「リケジョ(理系の女性)」といった言葉も見られるが、女性が芸術や歴史、科学に関心を寄せることに新奇な目を向けるような表現も問題だと指摘する。「メディアは、女性に対する視線をアップデートして、この企画がなぜ反発を招いたのかしっかり自己検証してほしい」と注文をつける。

 他方で「女性性、男性性というのは、人間の根源的なテーマで難しい問題です」と林さん。個々の中にある「男らしさ」「女らしさ」の規範をずらしていくのは容易ではないという。「女性の差別、侮辱はあってはならないことです。ただ『あなたの見方は間違っている』と言うだけではだめで、お互いがどこで合意できるのか、少しずつ雰囲気を変えていくしかない。それには、メディアの役割が鍵です」と話している。

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